実写映画クルエラの感想はいまいちでつまらない!長い上映時間が苦痛!

ディズニー実写

ディズニーの新作で実写版映画「クルエラ

マレフィセント」で大当たりしたことに味を占めて、「二匹目のどじょう」を狙ったのでしょう。


しかしその結果は、というとマレフィセントのように新しい魅力あるキャラクターを作り上げられた、とは感じられない、というのが個人的な印象です。

マレフィセントと比べると、クルエラの話は「101匹わんちゃん」の前日譚。

今回の実写版映画「クルエラ」をみて、「101匹わんちゃん」につながる気がしないのです。


その他にも今回の映画で、今一つと感じた部分が多くあり、その結果、つまらない映画の一つになってしまっていると個人的に感じた点を紹介していきましょう。









実写映画「クルエラ」の感想はいまいち!どちらかといえばつまらなかった



実写版映画「クルエラ」を見終わった時の感想は、今一つ面白いとは言えない、どちらかといえばつまらなかった映画だなぁ、というものでした。

いろいろと良かったと思う点もあったのですが、それ以上に見ていて苦痛に感じた部分もあり、総じてマイナス評価、というのが個人的な感想です。


それでは、見ていて今一つ映画にのめり込んでいけなかった部分を詳しく見ていきましょう。

長い上映時間がとても苦痛



一番の問題は上映時間が長い点です。

これで話が面白く、時間を忘れてのめり込んでしまうのであれば良かったのですが、そうでないと、まだ終わらないのか、と映画の最中に時計を見てしまい、苦痛以外の何物でもありません。

実際には半分を少し過ぎたあたりで、時計を確認し、まだ1時間もある、と思ってしまいました。


そしてそう思ってしまうほど、前半の話の進み方がゆっくりしていて、ひきつけるシーンが少ないのです。

2時間14分という上映時間。短くしようとすればできたと思えるだけに、なぜこんなに長くしなくてはいけなかったのか、理解に苦しみました。

クルエラというキャラに強さが感じられない



「ディズニーヴィランズ」という割に、クルエラがヴィランズになっていく過程の説得力が今一つ弱いような気がします。

ホームレスという最下層からのし上がっていくために、盗みなどで生計を立てていますが、あのような境遇の人物であれば、それくらいは当然の行動でしょう。

自分が成功するために、他人を利用し、用済みになったら捨てる、というくらいの厳しさを自然と持つはずです。


であるのに、クルエラには危なそうな外見はあっても、行動などはとんでもないハチャメチャで破天荒なものではありませんでした。

巷では「ジョーカー」の女性版、という話も出ているようですが、ジョーカーほどの怖さや常軌を逸した行動や考え方があったとは感じません。

同映画のヴィランズであるバロネスを、母親の復讐ということで次々と奇策を展開します。

しかもそれが自身の成功にも結びつくような企てにしますが、それはバロネスに対してのみの嫌がらせのようなもので、この後、「101匹わんちゃん」につながるようなヴィランズになっていく狂気のようなものは感じませんでした。

目的のために手段を選ばない、という感じはしませんし、他人を傷つけるような描写もありません。
まぁ、ディズニー映画ですから当たり前なのでしょうが。

仲間を思いやる場面も入ってますし、「101匹わんちゃん」で描かれるようなわがままで無茶ぶりなヴィランズになっていくとは、ちょっと想像がつきませんでした。


マレフィセント」は「眠れる森の美女」をマレフィセント側から見たという体で作成されており、事前譚でも後日譚でもありません。

ですので、この後に続く話との整合性が、という問題を持ちませんでした。


ところが「クルエラ」は「101匹わんちゃん」の前日譚で、クルエラが生まれた理由が明かされる、というキャッチコピーで売り出されています。

であれば、例えばダルメシアン犬の毛皮に執着することになるきっかけのような物がこの映画の中であってもいいのではないでしょうか?


しかし実際には、今作のクルエラは、この後「101匹わんちゃん」につながって同一キャラとしてヴィランズを演じるとは思えないキャラクターでしかありません。


ただ単に自分のしたい復讐を、盗みという技術をチームですることで、相手を陥れ、復讐を果たした人物として描かれている、そう感じたのです。

映画「クルエラ」で面白かった点 *ネタバレ注意



映画「クルエラ」のつまらないと感じてしまった点をまとめましたが、良かったと感じた点もありました。

折角ですのでそちらも紹介したいと思いますが、ネタバレを含む内容となりますので、もしそれが嫌な人がいるようであれば、スキップしてくださいね。

あっと驚く謎が用意されていた



明かされてしまえば、よくあるネタバレ、というような展開だと思います。

ですが、それが明かされた際には、思わず、「おっ!」と感じてしまいました。


その謎とは、ヴィランズであるバロネスが実はクルエラの実母であったという、かなりべたな展開なので、たぶん察しがついている方も多いのではなかったか、と思います。

が、個人的にはこの謎が明かされた際に、映画の一番の冒頭シーンのコマ割りを思い出し、実はそれは伏線だったのだ、と気が付いて、やられた、と思ってしまいました。


やはりこういった驚きがあってこその映画の楽しみだと思います。

胸すく最後のきれいな復讐劇



映画の中でもともとクルエラはクルエラではなく、エステラという名前で髪の毛も地毛を隠していました。

その必然性は、今一つはっきりとせず、特に髪の毛を変えたのはただ目立たなくするためにしたのか、とおもって視聴し続けたのです。


しかし、彼女は母親の敵だと思っていたバロネスが実の母親であることを知り、そんなバロネスに復讐を遂げることで、彼女が莫大な遺産を相続する立場となってしまうという展開になります。

その立場は、バロネスを亡き者にしてしまうとよほどうまくしない限り、真っ先に疑われてしまう存在になってしまったのでした。


そのため、復讐の方法を変更し、バロネスから全てを取り上げ、クルエラがそれを相続するように仕向けます。

そしてその際に、もう一人の自分であるエステラという存在は非常に都合がよいことになるのでした。


ストーリーとしてそれぞれのエピソードなどが、いろんなパーツとして登場し、どうやっても組み合うことがないような複雑さがあったと感じました。

中にはそのエピソード、必要?と思うものも。

が、最後の最後でそれらすべてを利用し、一番いい方法、すなわちバロネスにエステラを殺させ、その罪で警察に捕まってもらう、という計画が実行されます。

こうしてエステラという人物を消滅させ、これからはクルエラとしてのみ生きていけばいいようにしたのでした。
最後のまとめは、きれいに終わらせたな、という爽快感にあふれていたと感心した次第です。

まとめ



実写版映画「クルエラ

その評価は人それぞれだと思います。


というのも、クルエラやバロネスが闘争の舞台としたのがファッション業界。

そこで色とりどりのデザインを駆使し、パーティーやイベント会場などを多用してとても美しいファッションを見ることは、とてもきれいで素晴らしいものでした。


そして70年代のイギリスをはじめとしたロックの音楽。

この二つに対し、ドンピシャで共感できるのであれば、映画は美しく、素晴らしいと感じられるでしょう。


逆にファッションや音楽で両方、もしくは片方だけでもピンとこないものであれば、映画の業過は下がってしまうと思います。


僕個人は、ファッションはきれいだな、と思ってずっと映画を見ていました。

ビジュアルは楽しめたというのが正直な感想です。

一方で音楽は、それほど大きな印象を与えてくれませんでした。


そこら辺をも考えると、ビジュアル、音楽、そしてキャラクター全てに惹きつけられるものを感じられたのであれば、映画はとても面白いものと感じることができるでしょう。

逆にどれか一つでも首をかしげるようなものがあれば、上演時間が長いことも相まってかなり苦痛を感じる時間になると思います。


そして僕には、ちぐはぐに感じられた部分があったため、全体としてマイナス評価、一度見れば十分、という感想になったと思ったのでした。












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