地獄楽・天仙が行った鬼尸解(きしかい)とは?道教の鬼と尸解について解説も

アニメーション

アニメ「地獄楽」において天仙という、画眉丸などの主人公の前に立ちふさがる敵の存在が明らかになりました。

この天仙、一応の説明では仙人の中でも高位の者に対する呼称である、と仙太が述べています。

そしてこの天仙に対し、画眉丸が対決して追い詰めた際に、鬼尸解という究極奥義のような技を使いました。


この「鬼尸解」、いったいどのような意味なのでしょうか?

今回は道教における「鬼尸解」について、詳しく調べてみましたので、紹介していきたいと思います。







地獄楽・天仙が行った鬼尸解

神仙郷と言われる島の内部は外側から、

    ・門神や毒虫のいる瀛州(えいしゅう)
    ・木人や竈神がすまう方丈(ほうじょう)
    ・天仙達が住まう蓬莱(ほうらい)

に分かれています。

画眉丸が仙薬を求め、蓬莱へ向かった際、典坐の息の根を止めた天仙と出会って、決戦となりました。


天仙の見えない力によって不利になったものの、決死の特攻で相手を圧倒し、ぶちのめします。

決着がついたかに見えましたが、天仙は急に体から花を咲きほこらせ、巨大な化け物と化したのでした。


巨大な化け物に相対することになった画眉丸は、同じように相手の力を分析し、攻略法を探し出そうとしますが、圧倒的な力の前になすすべがありません。

加えて先の戦闘で持てる体力をすべて使い果たし、体が忍法を使うことにも耐えられないほどダメージと疲労を受けていたのでした。


巨大な化け物となった天仙は、地面を自由に操ることができ、何本もある触手をすさまじい速度で動かして攻撃をしてきます。

さらには巨大な花の中央にあるめしべのような突起物から光線を出すこともでき、画眉丸は今までの無理で体が動かなくなっていたこともあって、絶体絶命のピンチを迎えてしまうのでした。


結果は、意識を失った画眉丸が、無意識の境地で相討ちを狙って忍術「火法師」を行います。

そこにメイが助けに現れ、無事、避難することができたのでした。


そして、この巨大な化け物になることこそ、「鬼尸解」という技であったわけです。

「鬼尸解」の意味を調べてみると…

「鬼尸解」という言葉を調べてみました。

特に「尸解」という言葉は聞きなれない言葉で意味すらわかりません。

しかし結果はというと、「鬼尸解」という単語は存在しないことが分かりました。

つまり「鬼尸解」とは「鬼」と「尸解」という二つの言葉をつなげた造語だったのです。


「鬼」はわかるにしても「尸解」とは、いったいどのような意味を持つのでしょうか?

その答えは、道教の中にあったのでした。







道教における鬼と尸解についての解説

アニメ「地獄楽」は中国の宗教としての道教から、その世界観に関して大きな影響を受けています。

ですので、「鬼尸解」の「鬼」についても道教における鬼というものを理解する必要があると考えました。

道教における鬼とは

道教における鬼について調べてみると、おおよそ、以下のような存在であることが分かりました。

基本的には日本の八百万の神々と同じような考えで、天地自然の太陽、月、星はもちろん、山川草木の諸霊や鳥獣虫類の生物、さらには井戸やかまどなどの無生物にいたるまで精霊を認めて、崇めたり祭ったりしていました。

それらの精霊を神と呼んだり、鬼と呼んだりしていたようです。

が、時代が流れるにつれ、鬼と呼ばれる存在は、往々にして人間に危害を加えるもの、という分けられ方がしてきました。

そして道教を極めようとする道士は、これらの鬼神からの危害を避ける為に修行をしていたのです。


これらのことをまとめると、道教における鬼とは、

    人間を凌駕する力を持つ存在

でなおかつ、

    往々にして人間に危害を加えようとする

という性格を持つもの、ということができるでしょう。

道教における尸解とは

一方、「尸解」ですが、これは完全に道教の言葉でした。

    人がいったん死んだのちに生返り、他の離れた土地で仙人になることをいう。
    またこのような仙人を尸解仙という。

    尸解には、死体を残して霊魂のみが抜け去るものと、死体が生返って棺より抜け出るものとがある。

    前者の場合も、死体は腐敗せず、あたかも生きているがごとくであるという。
    (ブリタニカ国際大百科事典より引用)

この説明によると、一度死んだ者が生き返って仙人になること、を指すようです。

まとめ

天仙が行った「鬼尸解」について、調べてみました。

「鬼尸解」という単語は存在せず、「鬼」と「尸解」という二つの単語をくっつけた造語であることが分かりました。

また「尸解」を簡単に説明すると、道教において

    「一度死んだ者が生き返って仙人になること」

であることもわかりました。


さらに「鬼」についてですが、人間を超える八百万の神々といった存在という意味でした。

そしてその中でも、どちらかと言えば人間に危害を加えるようなタイプの神々を指す言葉として、道教では使われています。


これらのことを合わせると、「鬼尸解」は人間に対して対抗するために、もう一つ上のレベルに変化する技であるが、肉体を犠牲にしなくてはならない、と言えそうです。

事実、画眉丸との戦いの後、この天仙は生きる源のエネルギーである「氣」を使いすぎたため、老人のような容姿のまま、しばらく過ごさなくてはならなくなりました。

相手を凌駕するためには、とても有効な技ではあるものの、その代償はとても大きいものだといえそうです。









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