映画シェイプオブウォーター題名に隠された意味は?半魚人のモデルは?

   

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映画「シェイプ・オブ・ウォーター」は13のアカデミー賞ノミネートを受けている
今話題の映画ですが、その題名にふと疑問がわきました。

なぜ「シェイプ・オブ・ウォーター」なのでしょうか?
そこに隠されていた監督の思いというものは一体何であったのか、気になりませんか?

また、半魚人を映画に起用していますが、半魚人もよくよく考えてみると一般的に
知られているステレオタイプとして「アマゾン川に住む怪物」となっているけど、それ
以外ってことのほか、知られていない事に気が付きました。

アマゾン川流域に半魚人が住んでいるという伝説でもあるのでしょうか?

調べてみましたので、御覧ください。

関連記事: 映画シェイプオブウォーターのネタバレ感想とあらすじ!最後のシーンは現実か想像か?





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「シェイプ・オブ・ウォーター」に隠された監督の狙い

「シェイプ・オブ・ウォーター」を直訳すれば「水の形」となります。
流石にこれを映画の題名にしてもお客を呼べるような気はしません。

それはそれとして、水の形と聞いて何が思いつくでしょうか?

その答えを考えてみたとき、ギレルモ・デロ・トロ監督はあることに気がついて
この映画の題名にしたそうです。

そのことを紹介したインタビュー映像が有りますので御覧ください。

このインタビューを見て、一番に感じたのは監督が考えた「水」のイメージって我々が
昔からイメージしてきた水、そのものだってことです。

例えば「水は方円の器に随う」という格言もありますし、「雨だれ岩を穿つ」という
格言も監督のインタビューを聞いていて思い出してしまいました。

ちなみに「水は方円の器に随う」の意味は「人は付き合う人や環境によって良くも悪くも
なるたとえ」の意味で、転じて環境は成長にとても大事だという戒めにもなります。

「雨だれ岩を穿つ」も「水の雫のような何でもないもののでも、長い間に岩に穴を開ける
ことがある」ということで、絶えず努力をしていれば、ついにはとてつもないことを成し
遂げる事ができる
という意味です。

また京都にある貴船神社は水神を祀る神社として有名ですが、そこにある水に関する言葉で
非常に深い物があります。

1.自ら活動してたを動かしむるは水なり

2.常に自ら進路を求めて止まざるは水なり

3.自ら清くして他の汚水を洗い清濁併せ容るるの量あるは水なり

4.障害に逢い激しくその勢力を百倍するは水なり

5.洋々として太陽を満たし発して蒸気となり雲となり雪と変し霰と化し凝っては
玲ろうたる鏡となる
而もその性を失わざるは水なり

こちらの言葉は「水五訓」「水五教」「水五則」などと呼ばれていて戦国武将の黒田孝高
の言葉であるとか、中国の王陽明の言葉であるとかいわれているものですが、正確には
誰のオリジナルかわかっていません。

しかしその言葉はまさに水を祀る神社で紹介されているにふさわしい、深い意味を含んで
いると思います。

また、貴船神社には水に関する別の言葉もあります。

水は尊し 水無くんば成らず育たず心ある者その加減を知り水を大切にせよ

水は美し 冷熱に応じて 虹と化して 氷と変じ 水晶となる

水は清し 常に味いて飽きず汚穢を洗い清める

水は強し いかなる障害にも屈せず自ら進みて大をなし 他を動かす

水は恐し 人を呑み 船を覆し 山野を没して地表をも変貌す

水は深し その源 神に発し 大自然の道を示し波瀾曲折の人生を思わしむ

この言葉を見ても、水に関する神秘さ、神々しさが伝わってきます。

古代からの水に対する思いをものの見事に一言で、「水こそが愛だ」と言ってのける
ギレルモ・デロ・トロ監督は凄いとしかいいようがなく、その言葉は何の抵抗もなく、
スッと僕の中に入ってきたのでした。

その思いを知ってしまうと、題名は「シェイプ・オブ・ウォーター」以外にないと納得して
しまいます。

唯一、こうなればもっと良かったのにな、と残念に思うのは、邦題をカタカナ表記にする
のではなくて、昔から我々が思い描いてきた水のイメージから監督の連想した思いも含めて
しっくり行く日本語ができたのではないか、ということだけでした。

半魚人のモデルは?アマゾン川に半魚人の伝説はあるの?

僕も子供の頃から半魚人といえばアマゾンの怪物という思い込みがありました。

映画でも南米で半魚人を捕まえてきたという設定になっています。

ところが、いくら調べてもアマゾンに半魚人がいたという伝承は見つけられません。
ではなぜ、「半魚人=アマゾンに生息」という図式になったのでしょうか?

それは監督も明言していますが、元ネタが怪物映画シリーズで有名な「ユニバーサル・
モンスターズ」の看板モンスターである半魚人「ギルマン」
であるからです。

1954年に公開された「大アマゾンの半魚人」という大ヒットしたSFホラー映画に登場した
半魚人がギルマンで、そのギルマンがヒロインに興味を示スという描写があったので、
もし二人が結ばれたらどうなるのか?と思ったことが今回の映画に繋がったわけです。

実際に監督はユニバーサル社にリメイクの話を持っていったそうですが、断られたそう
です。
「ダーク・ユニバース」シリーズで過去の映画のリブートをしていくと発表している
にも関わらず、断ったのには、おそらくリブート作品がオリジナルのようにもっと
ホラー色の強い作品にしたいとの希望があったためではないでしょうか。

ちなみにオリジナルの設定では人間が現れるはるか以前の太古に宇宙からやってきた
生命で、長い年月の間にギルマン以外が死に絶え、ギルマンのみが生き残った、ことに
なっています。

映画内では一言も半魚人がギルマンだとは言っていませんが、治癒能力があるところなど
も全く一緒で、かなり意識して作られていると言わざるを得ません。

「ダーク・ユニバース」シリーズでリブートの予定がすでにでていますが、そちらの
作品が公開されたあと、「シェイプ・オブ・ウォーター」のほうが評価が高い結果に
なったとしたら、かなり恥ずかしいことになるのではと心配してしまいます。

魚の生態から考えた余分なこと

ところでこの半魚人、どういう生態なのか、余計なことだとは思いますが、考えてみました。

というのも、魚ってぬめりを持っているんですよね。半魚人もぬめりを持っている
のかな
、って思ったのがきっかけでした。

魚のぬめりはいろいろと言われていますが、まとめると体温を保護する役目だったり、
傷を受けない、ウィルスの侵入を防ぐなどのための保護膜だったりします。

そして魚の種類で持っているものといないものに別れるようです。

マグロやサバなどの回遊魚はぬめりを持っていません。持っていると泳ぐという
行動をする度に水の抵抗を受けてしまうためです。

あと、常に水が体の周りを流れているような状態でぬめりをまとっていることの
ほうが難しいでしょう。

一方で一箇所にじっとしている魚のほうがこのぬめりはひどいです。
底魚のカレイやヒラメ、アンコウなどはとんでもないぬめりを持っています。

で、半魚人ですが、どう考えても回遊魚のような生態ではないでしょう。

となるとある一定の場所でじっとしているほうが多いと考えるほうが普通だと思います。

で、両生類や爬虫類のように肺呼吸していないので、水の中にずっといると考えた
方がいいでしょう。

そうなると体温をキープするため、体を岩などにぶつけたときなどの衝撃殻保護する
ためにぬめりが必要だ
と思うのです。

それなのに映画内では全くぬめりが描かれていません。これってズルいんじゃないの。

まあ、生身の人間と抱き合ってSEXまでしてしまうわけですから、そんなぬめりが
あったって、映像的に全く美しくないし、不必要なんで、現実的な生態上に必要な
ぬめりがあるかないかなんてどうでもいいことなんでしょうけど。

「愛」がメインテーマの映画を見ながら、全く関係ないところで変なツッコミを
いれながら見ていました。

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