カナダ在住20年の筆者が見た映画の感想とふと思った疑問についてを勝手気ままに書いていくブログです。

リメイク映画ペットセメタリーのネタバレと感想!ラスト結末の意味も考察!

 
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映画「ペットセメタリー」はスティーブン・キング原作の小説をオリジナルとした映画で、1989年に映画化された作品のリメイクという立ち位置にあります。

原作や1989年版に比べられることが多くなり、どちらかというとネガティブな反応が多いような気がします。

とはいえ、僕は小説も読んでなければ、1989年版も見ていないので、原作や1989年版と比べて、というような市長の仕方はできませんでした。

そんな立場で視聴したこの映画をどう思ったか、紹介していきたいと思います







映画ペット・セメタリーの予告動画はこちら

映画ペット・セメタリーの簡単なあらすじとキャストの紹介

1989年に映画化されたスティーブン・キングの同名小説を、新たな設定で再映画化したホラー。

家族ともに田舎に越した医師ルイスの新居の裏には動物の墓地「ペット・セメタリー」があった。

ある日、飼い猫が事故で死んでしまったため、ルイスは墓地ではなく、さらに奥深い森に猫を埋葬する。
翌日、死んだはずの飼い猫が凶暴に豹変し、ルイス一家の前に姿を現わす。

その地は、先住民が語り継ぐ秘密の森だった。

誕生日を迎えた娘のエリーが交通事故で亡くなってしまったことから、ルイスはある行動に出るが……。

主人公のルイス役を「猿の惑星:新世紀(ライジング)」のジェイソン・クラーク、妻のレイチェル役を「エイリアン コヴェナント」のエイミー・サイメッツ、一家の隣人役を「インターステラー」のジョン・リスゴー、子役のジェテ・ローレンスが娘エリー役をそれぞれ演じる。
監督は「セーラ 少女のめざめ」を手がけたケビン・コルシュ&デニス・ウィドマイヤー。

ルイス・クリード: ジェイソン・クラーク

レイチェル・クリード: エイミー・サイメッツ

ジャド・クランドール: ジョン・リスゴー

エリー・クリード: ジェテ・ローレンス

ゲージ・クリード: ヒューゴ & ルーカス・ラヴォイエ

引用「映画ドットコム




映画ペット・セメタリーの感想

映画ペットセメタリーを見た感想は、ホラーとしてよりもその設定を深掘りしたほうが恐ろしいのではないか、ということでした。

そしてその恐ろしさは人間誰もが持っている弱さとそれに付け込もうとする存在にかかわってしまったことによる悲劇だと思ったのです。

心の弱さに付け込まれる?

ホラー映画ですが、ホラーとしてはそこそこの出来ではないでしょうか。
ただ、音で驚かせる演出がいくつかあったのは、残念です。

近年のホラーに多いですよね。音で驚かせる演出。

びっくりはするんですけど、背筋に”寒化が走る”というようなものではないので、ホラーとしてどうなの、と思ってしまいます。


ぼく個人には本編のストーリーよりもレイチェルに降りかかる怪奇現象のほうが怖かったですね。

映画を見ながらレイチェルがどうして姉の思い出に関する怪奇現象を見るようになったのか、をいろいろと考えていました。

明らかに今でも自責の念にとらわれていますし、トラウマになっています。
その心の弱さにペットセメタリーの邪悪な存在に付け込まれた感じですね。

もしかするとエリーの一件、彼女が死んでよみがえるという事件がなかったとしてもレイチェルに降りかかる怪奇現象によって、レイチェルの精神がまいってしまうという結末を迎えたかもしれません。

しかもレイチェルが体験している怪奇現象は、ほかの人には見えないっぽいので、よりたちが悪そう。


心に弱さを持つ人が影響を受けていそうな描写はジャドに対してもありました。

ペットセメタリーの近くで彼を呼ぶ声を聴いています。

しかもそれは、死んだものをよみがえらせる腐った土地のほうから聞こえてきていました。

彼も過去に、死んだ自分の飼い犬をよみがえらせたという行為をしていますので、そのからというもの、近しい人や動物が死ぬたびに土地の邪悪な存在から禁断の誘惑を受けているのではないか、と思いました。


となると、彼の最愛の妻、ノーマが死んだときは、実際どうだったのでしょうか?

ジャドを襲ったエリーの顔は、はじめはノーマの顔をしていました。

そして彼のしたことによって起きた悲劇について彼を責めています。
が、その内容はというと、エリーに起きた死後の苦痛はジャドが与えたものだ、でした。

そこから察するに、ジャドはノーマがなくなった際には彼女を蘇らせようとはしなかったのだと思います。

ただ僕が気になったのは、ジャドはノーマを生き返らせる方法を知っていながらそれを使用しなかったことに罪悪感を感じていたのかどうか、でした。

もしかしたらノーマを生き返らせれたのかもしれない
そうしたほうがよかったのではないか

そんな心の迷いがあったのであれば、ジャドにも付け込まれる心の弱さがあったと思います。
そしておそらくそのとおりであり、それがジャドをずっと悩ませてきたのでしょう。
だからこそ、ジャドには悪魔のささやきが、ペットセメタリーに近づく度に聞こえたのだとおもいます。

なぜジャドはルイスに秘密を明かしたのか?

死んだものが生き返ってこないと、話が先に進まない。
そういった問題があるのはわかります。

が、ジャドがルイスに長年隠してきていた秘密を、エリーを悲しませたくないため、とはいえ、簡単に明かしてしまったところにご都合主義を感じました。


チャーチが亡くなったことをどうエリーに伝えるのか。

医者で人の死に、普通の人よりも身近に接してきているルイスは、それほど特別なものとは感じていません。

遅かれ早かれ、人は死と向き合うことになるので、チャーチに関しても真実を伝えようとします。

が、幼いころの姉の死のトラウマがあるレイチェルは、過度にエリーのことを心配してしまいます。

この両親の意見の相違は、それぞれのバックグラウンドの違いからとても納得いきますし、結局ルイスがレイチェルの意見を聞き入れるのも、それだけルイスがレイチェルのことを愛し、心配しているからだ、というのがすんなり理解できました。

個人的にはレイチェルの考えをもとにした対応は、賛成しかねますが。


それに比べるとジャドの行動、腐った土地の秘密をルイスに明かしてしまった心の動きに対しての説得力がなかったように感じました。

話の流れの中で、ルイス一家がやってくるまでは、ジャドがつらい生活を送っていそうな雰囲気はありましたが、本当にそうなのかどうか、はっきりはしません。

また、死んだものをよみがえらせられる方法をルイスに明かしたのもエリーの悲しむ姿を見たくなかったから、とはコメントしていますが、死んだものを蘇ら得るというかなり禁断の所業を決断させるには、軽すぎる理由付けのように感じました。

しかも蘇らせることによって起こるかもしれないリスクのことを知っていながら、「ま、大丈夫だろう。」みたいな簡単なノリでやってしまっているように思えてなりません。


やはりここはエリーの悲しむ姿をどうしても見たくない、彼自身が体験した過去の出来事があった、などのもう少し説得力のある理由付けが欲しかったですね。

アメリカ、ボストン近くの東海岸という地域であれば、イギリスからの移民が最初に移り住んだ地域ですので、キリスト教の考えがいまだに強いエリアです。

しかも自友で生まれ育った白人のジェドであれば、こてこてのキリスト教徒という設定であるほうが自然でしょう。

そんな彼が神の摂理である死という事柄に対して、そう簡単に禁忌を破るには、ジェドという人物をもうちょっと掘り下げて描く必要があったと思います。

特に今回のリメイク版で加えられたレイチェルの過去のトラウマが映画内にあるだけに。




映画ペット・セメタリーのネタバレ – メフィストのような悪魔の誘惑?

「ペット・セメタリー」の話は、確かに生き返ったエリーがとても狂暴になって、家族全員を自分と同じような存在にしていくことに恐怖を感じますが、実はそれ以上に人間の弱さというもの、そしてその弱さゆえに怒ってしまう悲劇を描いたお話ではないか、と感じました。

「死」という別れが、予期せずに急に訪れた時の精神的ショックが多大に影響しているのでしょうが、長期的に考えてその死を受け入れるのか、短絡的にその死をなかったことにしたいのか、そんな選択肢が与えられたとしたら、人はいったいどうするのかという問いかけをしているように思います。

さらに、短絡的な解決法では、以前と同じままという結果は得られず、解決したかに見えて実はもっと大きな問題が襲い掛かってくる可能性がある、と知っているという状態。

それでも、自分の子供が突然死んでしまったのであれば、冷静になって考えれば、どんなに危険で、割に合わないものでも、その死をなかったことにしたい、と思ってしまうのは、僕も親として理解できます。


しかもペットセメタリーの腐った土地の質の悪いところは、蘇らせることが悪いことがと分かっていても、蘇らせたいと思ってしまう心に行動力をつけてしまうような、ささやきを与えることだと思うのです。

何とか踏みとどまっていても、ふとした時に心が弱ってしまい、腐った土地のささやきを言い訳にして生き返らせてしまうかもしれない…。

そう考えるとゲーテが作り上げた戯曲「ファウスト」とそっくりなシチュエーションではないか、と思えてきたのです。

ファウストに仕え、彼の望みをなんでもかなえてくれる悪魔メフィストフェレス。

実はファウストが自身で望んだと信じている願いも、実はメフィストフェレスの口車に乗って実行しているのがなんと多いことか。

実は悪魔との取引というものは、自分では悪魔をうまく利用し、自分の思い通りに動かしているように見えて、その実、悪魔のたなごころでうまく転がされているだけなのかもしれません。


「ペット・セメタリー」の腐った土地も、そこに棲む存在がはたして実在しているのか同課は描写されていませんが、まるで黒幕が存在しているかのように見事にルイス一家をはめて自分たちの勢力を強めていったと思いました。

細かい突っ込みどころではありますが、レイチェルに手をかけたエリーがレイチェルの遺体の足をもって引きづって腐った土地に運びましたが、ペットセメタリーから腐った土地への道には多くの木で作られた堤防のようなものがありました。

エリーはレイチェルを引きづって、どうやってあの木の堤防を越えられたのでしょうか?
エリーがよみがえったことで9歳とは思えない怪力をつかうことができる、という設定があったのかもあしれませんが、あの堤防をよじ登るのでさえ、大の大人がかなり苦戦して乗り越えています。

遺体を引きづっているエリーにそれが可能だったのでしょうか?

ラスト結末の意味を考察

実は映画のラストの続きは、映画の冒頭に映し出されています。

車の運転席側の扉が開いており、血だまりが家の中へ続いていました。

おそらくはゲージがよみがえった両親とエリーによって殺されてしまったことをほうふつとさせます。

が、ではなぜ、家の中へ入っていったのでしょうか?

彼らの行動は、家族全員を蘇ったものにすることです。
ですからゲージも一度殺され、蘇させられなければなりません。

となれば、家の中ではなくて腐った土地へゲージの亡骸をもっていかなくてはなりません。

が、なぜか家の中に入っていったようなのです。
なぜなんでしょうか?


もしかすると死者を蘇えさせるには夜でないといけないのかもしれません。
かなりベタな設定ですが。

実際、死後どのくらいまでに、というような縛りはなさそうですので、ゲージの亡骸を夜になるまで保管しておくことは問題ないでしょう。

まあ、あとは映像的に扉に血のりがついていたほうがインパクトがあるから、というものと冒頭に持ってきて視聴者に興味を持たせることのできる映像になるから、という理由が根底にあるのだと思います。

種明かしをしてしまうと、身もふたもないのですが…。


さらに想像を膨らませる事柄として、家族全員がよみがえったものになった彼らのその後の行動です。

ほかの人たちを同じような存在にするのでしょうか?

しかしそれはしないのではないか、と思える行動を起こしています。
彼らはジャドの家に火を放ち、燃やしてしまっているのです。

おそらくジャドの亡骸も火の中でしょう。
そうでなければ、火をつけた理由がないと思うからです。

彼らとしてはジャドも蘇ったものにすることができましたし、そうしたのであれば、彼の家に火をつける必要はなかったと思います。

まぁ、まともな思考回路を持ち合わせていなさそうな存在ではありますので、論理的思考の結果の行動ではないのかもしれません。


あの後の流れとして、出火したジャドの家に誰かが気が付けば、消防と警察への連絡がなされ、消火活動がされるでしょう。

そして警察による調査が始まります。そうなれば向かいのルイス家に事情聴取に警察がやってくることは明白です。
そして血のりがぺったりとついた車や扉を見て、警察が放っておいてくれるでしょうか?

それは絶対ありませんよね。

あのジャド家への放火は、その後、事の露見が不可避になってしまう行動としか思えません。

周りの人々を、それも一度に多くの人間に関与されるリスクを取る狙いは何なのでしょうか?

ちょっと想像ができませんね。

まとめ

ホラー映画としてはそこそこ。

それよりも人間が手を出してはいけないものに手を出した結果に起こる悲劇を描いた映画としてみたほうが、しっくりいくと思います。

父親ルイスと母親レイチェルの死に対するとらえ方の違いが娘の死によって、なおさらはっきりとされていたのが印象的でした。

そういう意味では、エリーを演じた子役のジェテ・ローレンスの演技は秀逸ものだと思います。

特に蘇ってからの彼女の恐ろしさを、子役で演じきれるのには大したものだと思いました。











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