映画「ドリーム」は1961年、NASAで行われた有人宇宙飛行計画のマーキュリー計画を裏で
支えた黒人女性計算士の活躍を映画化したものです。
今回は、この映画が「史実に基づく物語」として作成されていますので、どの部分が真実に
即した話で、どの部分が作話として付け加えられたのかをまとめて紹介したいと思います。
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映画の序盤の象徴的なシーン、片道 1 km弱の距離をトイレのために走るキャサリン
映画の舞台は1961年のNASAとなっています。
ドロシーはNASAで黒人女性としてスーパーバイザーという役職についた、ということに
なっていますが、NASAの前身であるアメリカ航空諮問委員会(NACA)で1949年にスーパー
バイザーに就任していました。
1958年にNACAが閉鎖されてNASAになりましたが、その時に映画にあるようなコンピュータ
オフィス西館という黒人女性がまとめて詰め込まれていたような差別的な部署は廃止に
されています。
映画内で新たに配属された部署のオフィスの近くに白人専用トイレしかなかったため、
約 1 km弱の距離のコンピュータオフィス西館の黒人専用トイレに走っていたキャサリン
でしたが、実際にはメアリーが黒人専用トイレに走って戻っていたのでした。
キャサリンが異動した時には白人専用トイレ、黒人専用トイレといったものは廃止されて
いました。それでも暗黙の了解で白人専用トイレが存在していましたが、
キャサリンはそんなことは無視して何年もの間、使っていたのです。
キャサリンがトイレを使用していたことに誰かから苦情が出たことはあったようですが、
全く意に介さず、キャサリンは使用し続け、やがてその苦情は取り下げられたそうです。
キャサリン自身、NASAで差別があった、自身が差別を受けたと感じたことはなかった、と
テレビでのインタビューで答えています。
メアリーはNASAでエンジニアの職を得るために白人のみの学校で講義を受けなければ、
いけなくなりますが、映画ではそのために裁判所に行っています。
史実では、彼女はハンプトン市役所に申し出て、受け入れらたのでした。
メアリーが単位を無事取得して卒業し、NASAのエンジニアになるのは1958年のことで、
実際には映画の舞台となった1961年にはすでにエンジニアになっていたのでした。
映画ではキャサリン、ドロシー、メアリーが同じ車でNASAへの通勤していますが、実際は
9年先輩にあたるユーニス・スミスという近所の友人で、同じ教会の賛美歌合唱部に所属して
いた女性と一緒に通勤していました。
また、キャサリンがジムと再婚したとき、キャサリンの3人の娘は既にティーンネイジャー
になっていました。
キャサリンがコンピュータオフィス西館から異動したのは1953年でフライトリサーチ部門と
いう職場でした。1958年に映画の舞台となったスペース・タスク・グループがフライト
リサーチ部門をその中心として創設される事になり、キャサリンも同時に異動しています。
映画でもキャサリンが出すレポートに著者名として彼女の名前を書いてポールとトラブルに
なっているシーンが幾つかありましたが、実際には1960年に彼女の名前が共著者として
レポートに記されています。
それはNASAのフライトリサーチ部門で初めての女性として名前が載った記念すべきレポート
でもありました。
映画ではアル・ハリソンがスペース・タスク・グループの責任者となっていましたが、
実際の責任者はロバート・ギルースという人物でした。
映画でアル・ハリソンという人物が作り出された理由は、ロバートの権限が実際には、
もっと狭いもので、たとえばキャサリンが会議に出席することができるようになった下りでも
もっと他の人物が必要になるため、話を簡潔化してすすめる必要からアル・ハリソンが
出来上がったのです。
アル・ハリソンがコンピュータオフィス西館の黒人専用トイレの看板を叩き落とすシーン、
そして、キャサリンをミッションコントロール室に入れるシーンは実際には起こりません
でした。
トイレは既に公式には白人・有色人の分け隔てなく使用して良いことになっていましたし、
それは建前で、実際には住み分けができていたものの、キャサリンはそれを無視して白人用
のトイレを使用していました。
またアル・ハリソン自身が創作人物ですので、彼がキャサリンをコントロール室に入れる
ことはできないわけですが、つまりはロケット発射の際、キャサリンがコントロール室内に
いることはなかったということです。
発射直前に計算の確認を行っていたのはどうかといいますと、キャサリンはコンピュータが
算出した答えの確認を確かにしていました。しかしそれは発射の数日前から既に取り掛かって
いたもので、映画のように、発射数分前、というものではありませんでした。
この映画はマーゴット・リー・シェッタリーのノンフィクション小説「Hidden Figures」
(映画原作名も同じ)を元にしたものですが、やはり映画では時間的、人数的制限がある
ため、どうしてもこれまでに上げた変更を必要としてしまいました。
それについて、作者のマーゴットも理解を示し、小説と映画の違いから仕方のない事と
コメントしています。
一方でこのマーキュリー計画で宇宙飛行士のジョンを衛星軌道上に打ち上げた功績は、
映画ではキャサリン一人に帰しているかのように映るかもしれないが、それこそ何百人と
いう人々の共同作業で行われた偉大な事業であることにも言及されています。
簡単なアメリカの人種差別歴史のおさらい
アメリカの人種差別の歴史を簡単におさらいして映画の舞台となった1960年前後の状況を
解説してみたいと思います。
南北戦争で北軍が勝利し、リンカーン大統領の奴隷解放宣言がなされ、黒人への差別は
なくなったはずでした。
しかし戦争後、北部による南部への南北統合期に開放された黒人の平等を完全に構築する
ことはできませんでした。
それほど、南部の白人達にとって黒人が同等の立場になることは受け入れられないもので
あったようです。
1860年代は北軍が占領していたこともあり、南部の州にいうことを聞かせていられましたが、
やがて1870年代になり、北部に対抗した保守的な南部人達の勢力が強くなっていきます。
そして連邦政府からの干渉が少なくなっていく過程でジム・クロウ法という差別州法が
各州で制定されていくのでした。
その法律によると、白人女性の看護師がいる病院には、黒人男性は患者として立ち入れない、
であるとか、バスや電車で白人用と有色人種用の座席が分けられていたり、レストランで
白人と有色人種が同じ部屋で食事ができるだけで、違法とみなされたそうです。
それ以外にも、結婚や交際にまで法律で差別されていて、白人と黒人の結婚は禁止されて
いましたし、結婚していない黒人と白人が一緒に住むことはできず、一つの部屋で夜を
過ごすことも違法とされていました。
それだけではなく、公共の場や出版、印刷によって社会的平等や異人種間結婚を奨励すれば
それだけで、罪になるという法律もありました。
そして投票に過剰な税金を課すことで黒人が投票をすることを防ごうとしていたのです。
そんな差別が続いていたアメリカにおいて1950年から60年台はマーティン・ルーサー・
キング・ジュニア牧師やマルコムXなどに代表される黒人解放運動が大きくなってきた
時代です。
キング牧師がその名前を知られるようになった事件も、アラバマ州モンゴメリーで黒人が
バスの中で白人に席を譲らなかったことから逮捕されたことを発端にしています。
約一年ボイコット運動を続けた結果、法律はアメリカ憲法に違反しているという判決を
連邦最高裁判所から勝ち取るわけです。
そんな時代にキャサリンを始めとした主人公3名の女性はNASAで働いていたのでした。
黒人女性が活躍できた理由はタイミング?
50年近くにも渡って、ほとんどのだれもがNASAの宇宙開発事業で黒人女性が多大な功績を
上げていたことは、この映画の原作である小説が発表されるまで知られることはありません
でした。
今では黒人であろうが、女性であろうが、NASAのような超トップ集団で普通に活躍して
いますが、1960年前後に女性で、しかも黒人である主人公たちが活躍するには並大抵の努力
以上のものが必要だったと思います。
しかし、一方で見方を変えると、NASAという特殊な職場で、当時のソビエトとの熾烈な
宇宙開発競争があったからこそ、彼女らが活躍できたという事も言えるのではないでしょうか。
詳しく考察しますと、宇宙開発で世界一位だと信じていたアメリカが、1950年代後半から
人工衛星打ち上げ、生物の宇宙飛行、有人宇宙飛行とことごとく世界初という称号を
ソビエトに取られてしまっていました。
早急にロケットの打ち上げで有人宇宙飛行を成功させ、宇宙飛行士を帰還させることは、
アメリカの威信にかけての事業であり、それを成功させるためには、人種差別されていた
黒人であろうと、能力のある者の能力を最大限引き出さないとできないことです。
これが町工場で自動車を作るというレベルであれば、他に変わりがいくらでもいるという
ことで、わざわざ黒人が使われることはなかったと思います。
キャサリンが活躍できたのは、キャサリンほどの計算士がNASA内にいなかったこと。彼女の
能力を活用しないと、計画が予定通りに進まなかったこと、予定通りに進ませるためには
ときには、それまで女性が参加できないような会議にキャサリンを参加させて、皆の前で
計算式を解いて証明させ、理解を得させ無くてはならない事、などが重なったためだから
です。
同じくドロシーが成功できたのは、他の誰もが活用できなかったIBMコンピュータIBM7090を
使えるように独学し、自身の部下である黒人女性計算士にも勉強させ、NASAでIBM7090を
使いこなせるのがドロシーとその部下のみという優位な状況を作り上げたためです。
NASAとしてはあの時点で、IBM7090を使いこなせる人材を外から入れる事もできないわけで、
黒人女性だからという理由で使わない訳にはいかない状況に置かれていました。
しかもこのコンピュータを有効利用させることは宇宙開発事業の今後の展開に必要不可欠で
あったわけですので、IBM7090を使いこなせるドロシー達は将来のポストも約束されていた
ようなものです。
そこへ行くとメアリーのエピソードは、マーキュリー計画の話からは直接絡まないこともあり、
本題から外れているような印象を受けました。
もちろん彼女の行った一連の行動は、素晴らしいことで、感動的でもありますが。
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