ネタバレ感想 1 映画でいかに非現実的なことを現実味をもって表現するか
映画というものが、作り物で監督が表現したい世界、-それがどんなに非現実的でも-を、見ている観客が本当にありそうな話だと感じるほどのリアリティを持たせることが本質なんだろうなと改めて思い知らせてくれた今回の映画「エル ELLE」。
イザベル・ユペールが演じたミシェルというキャラクターがそれを見事に表現しており、恐ろしくも興味深いキャラの個性に虜にされたというのが、第一の感想です。
よくよく考えてみれば、父親が無差別連続殺人犯で、虐待も受けていて、しかもそれがメディアで大々的に報じられたミシェル。
そんな彼女が大人になって会社の経営者になっていて、今は夫とは別れたものの家庭も築けたという設定ですが、そんな女性が実際に存在するのか、と考えると非常に可能性は低いでしょう。
父親の件で警察やマスコミに傷つけられた幼少期を体験していたことは映画内でも語られていますし、その後も事あるごとに興味本位の対象になってしまうでしょう。
から、実際であれば普通に就職や結婚などはできにくいと思います。
そんな彼女が息子を持ち、会社の経営者になっているわけですから、とてつもなく強い人間でないとおかしい事になり、実際にミシェルの強さは色んな面で映画内で表現されています。
ちょっとやそっとのことではへこたれない強い女性で、あまりに自身が強い為にまわりにもそれを求めてしまうような人間として描かれていると感じました。
また、パトリックとの関係も、そういった圧力に反発していきてきた結果の嗜好となってしまったのではないかとも思います。
しかし、父親が死に、母親が死に、孫も生まれ、心境が変わったのでしょうか。
真っ当に生きたい、というほど大げさではないかもしれませんが、他人を傷つける嘘はもうつきたくない、という決断から親友であるアンナに、彼女の旦那との不倫を告げますし、パトリックにも関係を清算して警察に通報するとまで宣言しています。
パトリックはそんなミシェルの宣言をどう聞いたのでしょうか?
プレイのスパイスアップくらいにしかとっていなかったような気がします。
妻のレベッカが敬虔なカトリック教徒ですし、間違いなく彼の性的嗜好を満足させる相手としては不適合ですが、かといって暴行を加えることの正当な理由にはなりません。
ミシェルも指摘していますが、彼女以外に被害者がいないという根拠はどこにもなく、またレベッカに対する裏切りも大きな罪です。
そんな状況で、ミシェルが受け入れたとはいえ、自分の満足感を得たいが為に行為を行い続けるパトリックの弱さと、きっぱりと関係を断つことを決断できたミシェルの強さが際立っていると思いました。
ネタバレ感想 2 ミシェルが全てを清算したくなった理由を考察
ミシェルは本当にパトリックとの関係を終わらせたかったのでしょうか?なかなかはっきりわからないというか、ミシェル自身もそうしたいと思いながら、きっぱりと別れることを狙っていなかったのではないでしょうか。
パーティーの帰り道、はっきりと関係を終えることをパトリックに伝えていますが、それにしては、自宅に入った後、鍵もかけず、パトリックがマスクをしてミシェルの前に立ちはだかっても、それほど驚いた様子はありませんでした。
掴みかかってくるパトリックに反撃をしますが、次の部屋まで逃げるもののそこで待っているという行動も解せません。ある意味、逃げることを楽しんでいるかのようと言ってもいいのではないかと思います。
一方で、ビンセントがパトリックを殴り殺してしまったときにも、無表情にちかい顔でマスクを取ったパトリックを見つめていました。
暴漢が母親を襲っているシチュエーションに息子が帰ってくれば、あのくらいのことはするであろうことも容易に想像できたでしょうし、たとえそうなったとしても悔いはない、という心境だったのかもしれません。
あのタイミングで息子が戻ってこなければ、襲われておしまい。まさか殺しまではしない。
そういう計算をしていたのではないかと疑ってしまいます。
おそらくパトリックにはミシェルを殺してまで暴行の事実を隠匿する覚悟はなかったように見受けますし、それ以前にミシェルの言い放った関係の終了もどこまで本気で受け止めていたのか、疑問が残ります。
母が死に、父が死に、それまで彼女の人生に暗い影を投げかけていた人物がいなくなったことで、それまでは過去に起こった負の出来事を、一種の言い訳にして不倫など、自身を満足させるために利用していましたが、実はそれらの負の行為は、まわりの人々を不幸にしていることに気がついたのではないかと思います。
だからこそ、黙っていれば見つかることのなかったロベルトとの不倫をアンナに告白したり、パトリックとの関係を終わらせると宣言したりしたのではないでしょうか。
最もパトリックとの関係は終わらせる気ではいましたが、終わりが来るまで続ける気でいたようにも思いますけど。
ネタバレ感想 3 本当に強いのは男?女?
この映画で被害者はミシェルでした。
しかし彼女は暴行の被害者ではありますが、本当に被害者なんでしょうか?
というより、起こってしまったことを最大限上手く利用しているように思えてなりません。
襲ったパトリックも正体がバレるまでは優位に立っていたようですが、正体がバレた後はミシェルにいいように利用されていたと感じました。
幼い頃から不幸な生い立ちの中で強く生きてきたミシェルですので、起こったことは変えられないから、仕方ないにしても、今後はそれをどう自分に利益になるように利用して行動しようか、という考え方が自然とできるようになっていたのではないでしょうか。
パトリックはミシェルが密かに気に入っていた男性でしたので、彼が暴行犯であるとわかっても密かに利用することにしましたが、もしこれが生理的に受け付けない男性だとか全く見ず知らずの男性であった場合は、どれだけ警察が嫌いでもやはり警察に届け出ていたと思います。
また、パトリックをいつ排除してもいいという心境になってからも、利用できる間は十分に利用し、時が来たら彼が勝手に破滅するようにしていたのは、ある意味非常に冷酷な復讐方法-つまり彼を人として見ていないという時点で-だと思うのです。
男性が強い、女性が強いという括りにするよりはミシェルが強い、としたほうが正しいのかもしれませんが、レイプ物の映画でありながら、ミシェルという強烈な個性を主人公にすることで、従来のものとは全く違った作品に仕上がり、しかも主演のイザベル・ユペールの素晴らしい演技が光ることで、数多くの賞を受賞し、ノミネートされたことも納得です。
コメント
父親が犯罪者なら結婚も就職もできないって
馬鹿か? 普通にしてるわ調べてから言え
きよさん、コメント、ありがとうございます。
きよさんがお感じになったようなことを感想としていいたかったわけではありませんが、自分の文章が拙いせいで誤解を与えてしまったようです。
これからは、もっときちんと自分の言いたいことを誤解されないような文章を書けるように努力していきます。
正しく女性が強い映画。
夫の不倫を親友に告白されても一緒に住むと笑顔を見せるアンナ。
夫を受け入れてくれてありがとうと微笑むレベッカ。
息子に(おそらくは)血は繋がっていなくとも自分の子供として受け入れさせた息子の恋人。
そして主人公は、母親、妻、娘、愛人、祖母、女性上司、レイプ被害者と、ありとあらゆる女性としての属性を同時に持つミシェル。彼女は(能うかぎりではあるが)全ての女の代表のような存在。
「氷の微笑」のような後ろ暗さのないストレートな女性賛歌。
たしかに、裏女性賛歌とでも言える作品ですね。
いちばんしっくりきました