カナダ在住20年の筆者が見た映画の感想とふと思った疑問についてを勝手気ままに書いていくブログです。

映画ITチャプター2がつまらない・面白くない理由!イットチャプター2がなぜ不評かも考察!

2019/11/04
 
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映画「IT(イット)チャプター2」が公開され、おとなになったルーザーズクラブのメンバーによって前作から27年後に蘇ったペニーワイズがいよいよ最後を迎えることになりました。

前作が大ヒットしたこともあり、チャプター2を楽しみに待っていた人も多かったのではないでしょうか?


が、映画を見終わってから感じたのは、チャプター1を見終わったときに感じた高揚感とはかなりかけ離れたもの、というのが正直な感想です。

その後、「なぜなんだろう」と考えましたが、その理由と思われる点、5つに気が付きましたので、それらを紹介していきたいと思います。







IT チャプター2が前作よりつまらない・面白くないと感じる理由

「IT チャプター1」を劇場で視聴し、最後に「チャプター1」と表示されたときに、

    続編があるんだ!!

と、大興奮したことを覚えています。

チャプター1では、ペニーワイズの死に方が今ひとつ中途半端でしたし、ルーザーズクラブのメンバーが、「ペニーワイズが復活したらまた集まって今度こそ完全に退治しよう」と誓っていたこともあり、

もしかして?

という思いがあったのが、確信に変わった瞬間でしたので、あの興奮はさもありなん、というところだったのでしょう。


そして実際に「IT チャプター2」が公開されたので視聴してきたわけですが、楽しみにしていた割には、「やっと完結した」という満足感に浸れませんでした

と同時に、どうして満足考えられなかったのか、についてしばらくの間、ずっと考えさせられてしまっていたのです。

そんな時間を経て、個人的に「IT チャプター2」が残念になってしまった理由を5つ、まとめることができました。

それでは順に紹介し、考察していきたいと思います。

大人になったメンバーの不自然な距離感

ルーザーズクラブのメンバーは7人のうち、マイク以外はデリーを離れて暮らしていました。

しかもほぼ全員、いわゆる勝ち組に分類されていいような生活を手に入れています。

そして、とても重要な設定としてデリーを離れたメンバーはペニーワイズのことも、ペニーワイズと戦ったことも忘れてしまっていて、記憶がはっきりしていない、ということになっていました。


また、デリーを離れた6人のうち、ベバリーがチャプター1の舞台となった夏休みが終わるという時期にデリーを離れたことがわかっていますが、他の5人はいつ、デリーを離れたのか、定かではありません。


そして僕は、おとなになったメンバーがそれぞれ登場し始めると、ばらばらになった7人はそれほど頻繁に連絡を取り合っていなかったのではないか、と思われる雰囲気を感じたのでした。


マイクが他のメンバー全員の連絡先を知っていたのは一人デリーに残って、子供の頃にペニーワイズと戦った記憶を未だに有しているから、なのでしょうが、スタンリーを除く全員がデリーで再会したときのリアクションが、普段から連絡を取り合っているようなものではなかったようにと感じたのです。


視聴者側からすると前作の続きとして2年後に視聴しているわけで、設定として前作の27年後、ということはせつめいされているものの、無意識のうちに子供の頃に命がけで戦ったメンバーとして深い絆をいまだに持っているだろう、と期待してしまっているのではないでしょうか。

すくなくとも自分の中にはそんな暗黙の設定が作られていたように、後から思えてきたのです。

ですが、マイクから電話を受け取ったメンバーの個々のリアクションや、デリーで再会した後のお互いの近況報告の様子を見ていると、その間、数えるくらいしか連絡を取り合っていなかったのでないでしょうか。


ベバリーやビルが結婚していたことなども中華料理屋で話をしていますし、リッチーがコメディアンとしてかなりの成功を収めていることも初めて知ったような会話がされていたように受け取りました。

ベンが痩せて見違えるような色男になっていることも他のメンバーには驚きを持って受け止められていましたし。


27年間という年月を一体メンバーがどんな距離感で過ごしてきたのかが、今ひとつはっきりせず、しかも前作であれだけの絆の深さを見せられての続編でしたので、見る側が絶対そうであろうと期待したものとのギャップが大きくなってしまったことに、映画の初めから不自然さを感じてしまう結果になったのではないか、と結論づけた次第です。

ワンパターンなペニーワイズ

ペニーワイズは主に子供を対象にして恐怖を与え、それをエネルギーにして存在しているように描かれていました。

もちろん大人にも影響を与えていますが、前作では大人がペニーワイズ自身の姿やペニーワイズが引き起こす不可思議な現象を見ることができないように描かれています。


27年の後に復活したペニーワイズも、前作同様同じように、主に子供に狙いを定めて悪さを繰り返しています。
唯一、冒頭のゲイの男性を犠牲者にした部分は、少しパターンが違うかな、と思いましたが。


さて、大人になったルーザーズクラブのメンバーと対峙する事になったペニーワイズですが、はたして彼らを恐怖の底に叩き落とすために、どのようなトリックを使うのだろうか?


映画を見始める前にはそれほど明確に期待として形になっていなかったものの、今となっては、その期待ははっきりと無意識の中にあったように思われます。

というのも、映画全編を通して対大人用の対策をこれといってしていなかったのでは、と残念な気持ちになったのですから。


メンバーが大人になっても子供の頃から抱える劣等感や後悔の念に付け込む形でしか、恐怖を与えられていませんでした


ペニーワイズはどんなものにでも形を変えることのでき、子供が恐怖を抱いている怪物に化けて脅かす方法で追い詰めていました。

ですが、大人のメンバーに対して今回は戦うわけですから、例えばメンバーの誰かに化けてメンバー間の不和や疑心感を増大させるような、より姑息で影響力の高い方法を取ることもできたと思うのです。


特に、チャプター2で全く進展のなかったビルとベン、ベバリーの三角関係について悪用することは簡単にできたでしょう。

子供の頃の気持ちをずっと隠し持っているベンに対してであれば、なおさら効果的で、実際映画の中でも子供の頃にベバリーに化けたペニーワイズがベンを襲う記憶を思い出す形として登場しますし。


あえて深読みするのであれば、そういった芸当ができないからこそ、27年ごとに蘇るペニーワイズは、子供にしか手を出せないのかもしれませんが。

ホラーシーンの演出

ホラー映画での鉄板のお約束として、登場するメンバーグループの中から、個人行動をし始める人物がまず犠牲者になる、というものがあります。

映像として画面に映し出さなければいけない以上、複数の視点があればあるほど、その表現は難しくなりますし、驚かせる側も気をつけないといけない対象が増えて、難しくなるからですね。

前作でもそれは同じで、メンバーが一人でいるときにペニーワイズの恐怖による攻撃がされていました。

最後に下水道の中へメンバー全員で降りていってペニーワイズと対峙しはじめると、

    「対決」

という雰囲気が強くなり、怖さの要素は薄れたように感じました。


チャプター2では、メンバーはペニーワイズへの有効な対策は、個別行動をしないこと、ということをすでに十分理解しています。

ですがそれでは、ホラー映画として成り立ちません。

個人で行動してもらって、そこにペニーワイズによる恐怖攻撃を加えないと怖さを伝えられないからです。


これはホラー映画として成立させるにはかなり高いハードルになったと思いました。

そして残念なことにこのハードルを飛び越えるための合理的な設定や説明が用意できた、とは感じられなかったところも、面白くない、と感じてしまう理由だったと思います。


映画の初めから「個人で行動してはいけない」というお約束はメンバーの中に共通認識としてありました。

だからこそ、マイクもペニーワイズが復活したことを確信した後、まずはメンバーの招集から始めており、彼一人でペニーワイズに立ち向かおうとはしていません。


それでいて、個別行動をメンバーにさせるために、わけのわからない儀式のために必要な、子供の頃の思い出の品を「一人で」探し出して取りに行かないといけない。

こんな無茶苦茶な設定で、視聴者が納得すると思ったのでしょうか?


少なくともボク個人は、「そんなバカな!?」としか思えませんでした。

とってつけた感が満載で、しかもそんなことで本当にペニーワイズが封印できるのか?そんな疑問しか浮かびません。

メンバーは夜になって中華レストランで再会をすることになっていますから、その前に、デリーに着いた後の午後に、久しぶりの故郷を見て回っている最中にペニーワイズに襲われる、という方がよりスムーズなストーリー展開となったでしょうし、説得力があったような気がします。






しかも笑ってしまうレベルまでひどいと思ったのが、ベンの思い出の品。
27年間、肌見放さずずっと持っていましたし、その根底にあるベバリーへの思いはデリーの街を一人で徘徊しないと思い出せないくらい弱いものではありません。


納得がいかないというのであれば、ビルが手に入れたジョージーのために作ってあげた折り紙ボート。

一体ペニーワイズ自身でない誰が、ビルにあのボートを返せたのでしょうか?

となると、ペニーワイズはあのボートを返すと儀式が行えることを理解した上で、ビルに返していたということになります。

儀式を受けて封印される対象のペニーワイズが、その儀式を完成させるために必要な品を隠したり、破壊したりする代わりになんの抵抗もなく返す。

明らかにおかしいと思わないといけないはずです。

それが次に上げる理由に気がついた始まりでした。

封印の儀式と倒し方…

一人デリーに残ったマイクは27年という期限付きでペニーワイズに対抗し、完全に封印してしまうことのできる方法を必死になって探していました。

そしてそれは、その地方に昔から住んでいたインデアンによって解決されています。

インデアンがかつてペニーワイズに対して用いた精なる儀式を利用して再度封印してしまおうということなのですが、じつははじめからその封印の儀式は本当に有効なのか、疑問視しないといけない代物であったことに、映画を見終わってから気が付きました。

というのは、インデアンがこの儀式でペニーワイズを完全に封印できていたのであれば、今現在、メンバーがペニーワイズに襲われることはなかったはずだからです。

今回ペニーワイズと対決しないといけない、ということは、かつて試された封印の儀式も完璧にペニーワイズを封じこめられるわけではなく、何らかの方法で封印が解かれるか、はじめから封印ができない、ということになるわけです。


ペニーワイズと再度対決をしなければならない恐怖と絶望を感じているメンバーにとって、この儀式が唯一の効果のある対抗策だ、と説明されたわけですから、あえて疑問点に目をつぶって気づかないふりをし、その準備に没頭したほうが恐怖が紛れる、という心理状態も理解できます。

疑問や不安を考える時間を持つより、何も考えずに行動していたほうが恐怖を感じなくてすむ、というわけでしょう。


とはいえ、失敗すればかなりの可能性で死が待っている状態で、気づいたかどうかははっきり描写されていませんでしたが、僅かな疑問点でもあれば、その部分をクリアーにしないといけないはずなのに、メンバーが全く触れないというのはどうなんでしょう?


で実際に儀式は失敗に終わります。

大きな蜘蛛の化け物になったペニーワイズによって追いまくられ、バラバラになったメンバーは恐怖攻撃にもさらされ、ついにはエディが体を貫かれるという大怪我を負ってしまいます。


そんな状況下で残されたメンバーがペニーワイズに対してとった対抗策が、言葉責め

そしてそれが、ものの見事に効果を発揮し、あれほど絶望的に強そうだったペニーワイズが最後には、干からびたお面のようになってしまいます。

だったらはじめからそれでいいじゃない、と拍子抜けしてしまいました、正直に。

    それまでの2時間以上に渡る映画は一体何だったのか?



そんな映画のストーリーを根本から否定してしまうような倒し方が最も有効というのは、ちょっとあんまりだと思いました。

上映時間が長すぎる!!

そしてこれがとどめを刺した感じです。

多くの場面で小さな疑問点や不自然感を感じてしまったため、映画にすんなりと入っていける説得力が構築されないまま、ストーリーが進んでいきます。

そして映画のストーリーにのめり込めていないだけに、映画の長さがどうしても気になってしまうのでした。


他にも上映時間の長い映画はいくつかあります。
それでもストーリーの運びが見事なため、それこそ時間を忘れて映画に集中し、その長さが気にならなかったという映画もありました。

個人的にそういった作品として「タイタニック」や「アバター」などが思い浮かびます。

ストーリーに説得力があり、単純明快であるほうがいいのかもしれませんが。


そして今回の「IT チャプター2」ですが、とにかく長く感じました。

儀式が成功せず、一体どうするのだろう、となった時点で、思わず時計を見て、残りの上映時間を確認し、残された時間でどう、解決させるつもりなのか、を考えたほどです。

実際、まだ30分以上あったので、急ぎ足の尻切れトンボのような流れにはならないな、と安心したことを覚えていますが。


しかし映画として、そんな確認を視聴者がしてしまうようでは、面白い映画とは言えないと思います。


あえて長くした上映時間。

それが、いくつもの細かく小さな疑問点や不自然感によって裏目に出てしまったと感じた「IT チャプター2」でした。

不評となってしまった理由のまとめ

「IT チャプター2」は完結編として、面白い映画ではありました。

が、同時にもうちょっとうまくできる部分があったのでは、とも感じる映画でもありました。

チャプター2はホラー映画、スリラー映画という感じではなくなってしまっているように思えます。


改めて不評となった点の理由をまとめてみますと、

    ・大人になったメンバーのお互いの距離感が微妙で前作ほどの明確さがない
    ・大人相手に怖がらせるための特別新しいトリックがないペニーワイズ
    ・怖いホラーシーンを演出するための不自然で納得できないな理由付け
    ・説得力が乏しい上に失敗した封印の儀式
    ・その儀式の代わりにペニーワイズを倒した方法があっけなさすぎる
    ・上演時間が長すぎる

小説を元にしている以上、映画としてオリジナルから大きく離れることができないという縛りがあり、その部分ではハンディがあったのかもしれません。

僕自身、小説を読んでいないので又聞きになってしまいますが、小説もおかしいと思ったり疑問に思うところはいくつもあるそうです。


ですので、その部分を映画にする際に説得力のあるものにしようとすると、設定やストーリーに大きく影響を与えてしまうリスクがあったのかもしれず、それはしたくない、という製作者側の苦慮があったのかもしれません。


また、前作があれだけ面白い作品になってしまったことが、チャプター2の期待値を極端に高くしてしまった気もします


そして残念なことに、視聴が終わった後、前作よりも面白くない、と感じてしまった人も多かったのではないでしょうか。


先行公開されている北米では興行的に成功して、映画評価サイトでも前作には劣るものの、それなりに高評価を得ているのですけどね。











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