カナダ在住20年の筆者が見た映画の感想とふと思った疑問についてを勝手気ままに書いていくブログです。

映画クレイジーリッチ!のネタバレ感想とあらすじ!バナナの意味は?

 
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映画「クレイジー・リッチ!」は北米でベストセラーとなった小説3部作をオールアジア人キャストで映画化し、こちらもとても高評価を得た上、大人気となりました。

全世界で猛威を奮っている中国マネーパワーを意識してか、原作に比べて中国色が強い映画になっているのは、今ハリウッドで成功するために、避けて通れない中国マーケットの存在だろうと思います。

が、僕も20年以上日本を離れてカナダで暮らしていることから、いろいろと共感したり、考えさせられたりしました。

関連記事: 映画クレイジーリッチ!と原作小説との違い10選をネタバレありで解説!





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予告動画はこちら

キャストの紹介

レイチェル・チュー: コンスタンス・ウー
中国人の母を持つアメリカ生まれのニューヨーク育ち。恋人のニックと友にニックの親友の結婚式に参加するため、初めてアジアに行くことになる。
ニック・ヤング: ヘンリー・ゴールディング
レイチェルの恋人。実は世界的な不動産王の超有名一族の長男。
エレノア・スン=ヤング: ミシェル・ヨー
ニックの母親。初めて会うレイチェルを快く思っていない。
ゴー・ペイク・リン: オークワフィナ
レイチェルの大学時代の友人。シンガポールに住んでいてレイチェルと再会する。
ゴー・ワン・ムン: ケン・チョン
リンの父親。

簡単なあらすじ

シンガポールを舞台に不動産王の御曹司である恋人と、彼の裕福な一族との間で揺れながら本当の幸せを探す独身女性の葛藤を、アジア系キャストをメインに描いたハリウッド製ラブコメディ。

監督は「グランド・イリュージョン 見破られたトリック」「G.I.ジョー バック2リベンジ」のジョン・M・チュウ。

ニューヨークで働くレイチェルは、親友の結婚式に出席する恋人のニックとともにシンガポールへと向かった。
初めてのアジア旅行への期待と、初めてニックの家族会うことの緊張感を感じていたレイチェルが出発当日の空港で案内されたのはファーストクラス。

ニックはシンガポールの不動産王の超有名一族の御曹司で、社交界の女性たちから熱い注目を集める人気の独身男だったのだ。

ニックの恋人としてシンガポールの地に降り立ったレイチェルに、2人の交際をよく思っていないニックの母や家族親戚一同、さらには元カノとの登場と、レイチェルは苦境に立たされてしまう。

引用「映画ドットコム:eiga.com/movie/88417/」





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ネタバレ感想 1 上質のラブコメディとして仕上がっています

映画はシンガポールの超セレブであるヤング家のおかげで、とてもきらびやかで優雅、そして豪華なシーンがたくさん登場しました。

僕自身、あの様なセレブの世界には縁遠いので、華やかさはわかるものの、実際にあの場所にいて楽しめるのかどうか、疑問に思ってしまいます。

人それぞれにお金を使って楽しむ方法は違うのでしょうが、映画という多くの人々が見て影響を受ける媒体で、ステレオタイプ的にやられるのは、見ていてあまりいい気はしません。

主人公のレイチェルも同じような立場な上、アイデンティティでもギャップがあるという設定にコメディ要素が引き立てられ、また、ともすればディズニーのアニメに出てくるディズニープリンセスのようなストーリーのラブロマンスに、多くの人が共感して感動したのではないでしょうか。

僕自身も一方的に価値観を押し付けて、排除しようとするエレノアを代表とするヤング一家とその取り巻きに対し、孤軍奮闘で立ち向かいながら、ニックのことを思って身を引いたレイチェルと、そんなレイチェルを家族よりも大切だと選んだニックの決断には、よかったな~と感動しました。

ただ、プロポーズや結婚ってそこがゴールではないんですよね。

ある意味、彼ら二人にとっては周りに対する意思決定の宣言であって、まさにスタートでしかないわけです。

実際どうなるか、すでに小説も三部作として完結しており、気になる方はチェックできますが、レイチェルとニックは婚約をしたことで、基本路線が決まった上で、これからいろんなことを決めていかなくてはいけません。

特にニックの方に問題は山積です。
本当に家族を捨ててレイチェルとだけで生活ができるのか?家族から切られた場合の経済的基盤は?また、家族を敵に回した場合にどれほどの妨害を受けることになるのか?

裏から手を回してレイチェルの学者としての経歴やこれからの将来にダメージを与えることも簡単にできてしまいそうです。

設定ほどのセレブであれば、レイチェルとの婚約は世界的なゴシップになりかねません。
まぁ、世界的は大げさかもしれませんが、華僑のセレブの間ではかなり有名な話になるでしょうね。

映画を見ていてニックが本当にそこまで考えて、意思決定したのか、というのがどうしても引っかかります。
なんとなくいいとこのお坊ちゃんで、いい意味でも悪い意味でも楽天的な印象が抜けなくて。

先にも書きましたが、原作の小説は3部作。映画の興行成績が良かったので続編の作成も決まっており、続きが楽しみな映画ではあります。

ネタバレ感想 2 アイデンティティの問題

レイチェルはアメリカ生まれのニューヨーク育ち。中国語も喋れるかどうか。
母親はレイチェルを妊娠して一人で逃げるようにアメリカへ来たこともあり、同胞の助けを受けて来れなかったのでは、と思ってしまいます。

つまり、レイチェルにとって中国の文化や言語は母親からしか受け取れなかったのでは、と。

中国人はいまでも、北米に移住すると一族郎党という感じでやってくることが大半です。
少なくとも、そこは日本人とは大きな違いとして感じるほどです。

だからこそ、年老いてやってきた両親は英語がろくに話せず、子供の頃から大半を北米で過ごした子供やその子供は、ネイティブ並みの英語力だけでなく、北米の価値観、文化に強い影響を受けています。

「バナナ」というのが、そういったアジア系二世の北米人に対する蔑称で、その意味は外側は黄色、中身は白。すなわち見た目は黄色人種だけど、アイデンティティや価値観は白人と同じ、という意味です。

ですので、エレノアを演じたミシェル・ヨーも映画に関するインタビューの中で話していますが、北米ではアジア人としてみられ、母国に帰ると見た目は一緒なのに話し方や価値観が違う外人のよう、と変な目で見られる、ということが起こるわけです。

日本で生まれ育った僕ですら、もうすぐ人生の半分をカナダで過ごすことになり、だからこそ僕の中では、日本の価値観は僕が日本を離れた2000年頃のもので止まっています。

その頃、普通に流行していたり、当たり前だと思われていたことが、いまだに僕の中では日本として残っていて、いざ、帰国して過ごしてみると20年間のうちに起きた変化についていけない、カルチャーショックを受けてしまいます。

これが母国での生活経験のない、2世ということになるともっと大きな衝撃となるのでしょうね。

僕の友人の息子さんが日本に英語を教えに行ったとき、赴任した地方の学校に挨拶に行った際に、「外国人が英語を教えに来てくれると聞いていたのに、儂らと同じ顔の人が来た」と言われたことにとてもショックを受けた、と言っていました。

その友人は台湾人と結婚したので、生まれた息子さんはまったくもって日本人と変わらない外見だったのです。

昔読んだなんかの本で日系二世の青年が同じ様な悩み、育った場所ではよそ者扱いされ、両親の母国に行っても、一人だけ浮いた存在だと感じている、と言っていたのを覚えています。

でも、僕が忘れられないのはそのことを聞いた白人の返事だったのですが、彼が言うには、アメリカ東部では同じ白人でもイギリス系、アイルランド系、イタリア系ということがとても重要で、それぞれ他とは違うんだ、という強烈なアイデンティティになっているけど、そんな彼がハワイで生活したとき、彼が何系の白人であるか、全く関係がなかった、と。

僕のような日本人は、特に僕が住んでいる場所では本当に少数派で、日本人、下手をすると東アジア人として、中国人や韓国人と同じくくりになっているのかもしれません。

一方で多数派の白人は、多数派であるがゆえにその中でイギリス系、アイルランド系、フランス系、ドイツ系などと区別をつけたがるのでしょうね。





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日本でも多分、出身地で分けられていると思います。

ちょっと何を言いたかったのか、まとまりが無くなってきてしまいましたので、映画の話に戻ります。

レイチェルはアジア人の外見をしていますが、アジア人の考え方ではありません。
そんなレイチェルが、アジア人でセレブという人種の中に入り込めば、嫌が上にもその違いは際立ってしまいます。

もしレイチェルが、シンガポールの貧困層の出だとしてもニックの家族や取り巻きとは、価値観も考え方も違うでしょう。

アイデンティティの違いは大なり小なり絶対にあります。
同じ人種、同じ経済規模の家庭環境、同じエリアの出身だとしても突き詰めていけば、違いはでてきます。

それこそアイデンティティというよりは性格の違いと表現したほうがいいレベルにまで言ってしまうかもしれません。

とはいえ、結婚とはそういった違いを乗り越えて結ばれるものだと思います。
中には、その違いを乗り越えられなかったもの、乗り越えたと思っていたけど実はできずに破局したものがあるわけです。

だからこそ、レイチェルとニックほどの違いを乗り越えて婚約で終わった映画に感動を覚えるのではないでしょうか。

ネタバレ感想 3 配役に関しての物議

ハリウッド映画でありながら、主要キャストにアジア系の俳優だけを起用する徹底さで高評価を得たものの、その徹底が不十分ということで批判もあると、映画を見た後、知りました。

僕はこの批判に関してはナンセンスだと思います。

俳優という職業は、与えられた役を演じることが仕事だからです。

演じる役になりきり、視聴者が見て説得力があると感じたり、逆に違和感に全く気が付かず、あとから気がつくというくらいでないと、俳優として失格でしょう。

たとえば、LGTBの役どころを本当にLGTBの役者が演じないといけないと言っているようなものであり、もっと言えば女性役は女性が、男性役は男性が演じないといけない、と決めつけているナンセンスさと一緒です。

歌舞伎で女形という役どころがあり、一つの芸として文化の位置まで高められているのですから、中国系でない主演のヘンリー・ゴールディングが中国系の役を演じても、それが作中で不自然さを感じないのであれば、問題はないはずです。

僕なんかはよくハリウッド映画で日本人役を中国系の俳優が演じていることに対して、不満を持つ口ですが、日本人役に日本人を使えよ、と思うより、日本人役に日本人が使われるくらい日本の役者はもっとしっかりしろよ、と思ってしまうのですけどね。

同じく批判が出ていたのは、実際のシンガポールとは違う絵ばかりの映画内のシンガポール。

本当であればシンガポールにも貧困街があって、映画のようにセレブばかりが住んでいるのではない、とか、シンガポールにたくさんいるはずのマレー系やインド系が全く登場しない、とか。

しかしこれは仕方がないことだと思います。

ハリウッド映画で日本を描いても、とんでもない日本が登場することはよくありますし、同じ北米が舞台でも、例えばビーチに日本人が全くいないハワイなんかもよく出てきます。

ここはどこまで正確に描写するか、そのためにはどれだけ正確にリサーチするか、つまりはどれだけお金が出せるか、になってくるのでしょうね。

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