映画グレイテストショーマンのパフォーマー紹介解説!演じた俳優のまとめも!

トリビア・隠れキャラ・映像ミス

映画「グレイテスト・ショーマン」では数多くのパフォーマーが登場します。

とても心に突き刺さる音楽に乗って歌い踊るパフォーマー達ですが、ヒュー・ジャックマンが演じたP・T・バーナムのように実在したモデルがいたのでしょうか?

登場したパフォーマーとそれを演じた俳優の解説をまとめましたので御覧ください。

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チャールズ・ストレイトン 親指トム将軍

親指トム将軍を演じたのはサム・ハンフリー。
オーストラリアで活躍するニュージランド生まれの俳優です。

サム・ハンフリーについて

一言に小人病と言ってもその実、症状や原因にいろいろとタイプがあり、サムの病状は骨格が正常に発育せず、精神発達や免疫システムにも問題があったそうです。

クローン病という炎症性腸疾患を幼いころに患っており、病院と家の間を何度も手術や検査のために行き来しました。

8歳の時点で127センチしかなかったサムは、精神的にも追い詰められており、特に18歳まで生きられないであろうという診断結果に苦しめられていたそうです。

医者にそう告げられたとき、あと数年しか生きていられないのに一体何の意味があるのか、と絶望し、自殺を何度か試みたことがあったと明かしていました。
しかしその都度、もし死んでしまったら残された家族や友人に対してすまないという思いから最後の一線を越えることはなかったそうです。

なんとか生きながらえたものの、いつも自分に対して自信が持てず、誰も自分のことなど本当に愛してくれない、背が低いからどんな目標も達成することができない、といつも思っていました。

しかし家族の支えや信仰、そして彼の回復力によって死への恐怖を克服することができ、今は俳優としての夢に向かって邁進しています。

今23歳の彼はオーストラリアで放送されているドラマ「ネイバーズ」に4話出演をした後、「グレイテスト・ショーマン」の親指トム将軍のオーディションの参加依頼がきました。

サムのことを書かれたニュースの記事がエージェントの目に止まり、まさに映画に登場するパフォーマーの生涯に、彼の経験がかぶる部分が多かったからです。

そのオーディションに見事受かり、子供の頃からの彼のヒーローだったヒュー・ジャックマンとの共演を果たすことができました。

撮影に際して、サムの身長は親指トム将軍の身長よりも高かったことから、彼は膝で歩かなくてはならず、声も低い声になるようにデジタル編集していたそうです。

オーストラリアのドキュメンタリー番組「Being Me(自分らしく)」に出演し、病気で悩んでいる若者に、目標にたどりつくチャレンジについて語りました。

そのメッセージ「あなたの一番弱い部分が、アナタにとって一番の武器になる」は、多くの視聴者に届いたことでしょう。

チャールズ・ストレイトンについて

チャールズ・ストレイトンは1838年にコネチカット州で生まれました。

両親は中背であったにもかかわらず、赤ん坊のチャールズはとても大きく、4.3 kg 体重があったそうです。

最初の6ヶ月は普通に成長し、身長も64センチまで伸び、体重は6.8 kgまで増えたそうですが、それから突然成長しなくなってしまいました。

医者に見せてもその当時の医学ではなんともしようもなく、4歳になった時点で、生後6ヶ月の身長から2.5センチほど伸びただけだったそうです。

ただし、それ以外に何の健康的問題はなく、また彼の兄弟は全員、普通に成長していきました。

バーナムはストレイトン家とは遠い親戚で、チャールズの噂を聞きつけ、エンターテイメントのパフォーマーとしてスカウトします。
歌や踊り、マイムや有名人のモノマネを覚えさせるというのです。

5歳になったチャールズは最初のアメリカツアーに出ています。キューピッドやナポレオンに扮し、他の役者とコンビを組んでショーをすることで絶大な人気を得るようになりました。

次の年、チャールズはバーナムに連れられてヨーロッパツアーに出ています。
ここで映画のように、イギリスでビクトリア女王と謁見をしたのでした。

ヨーロッパツアーは大成功を納め、アメリカに戻ってもチャールズの人気は衰えを知りません。

これはチャールズが小人であったことが理由ではなく、彼が類稀なるエンターテイメントの才能を持っていたことによります。
チャールズはすでに7歳で、その当時大の大人が通常演じる劇を難なくこなすことができるほどになっていました。

チャールズは25歳のとき、同じ小人病の女性と結婚をします。
既にバーナムが主催するショーで大スターになっていたチャールズはセレブの仲間入りをしており、その結婚式には1万人の招待客が招かれたそうです。
しかも結婚式の後、リンカーン大統領によってホワイトハウスに招かれていました。

バーナムのビジネスパートナーと言うべき地位にまで上り詰めており、バーナムが資金難を経験したときには出資して助けることもあったそうです。

しかしそんな彼も45歳のとき、心臓麻痺で急死してしまいます。
その時の身長は102センチ、体重は32 kgだったそうです。

チャーズルの成長は全く止まったわけではありませんでした。
18歳の誕生日に82.6センチに、21歳には86センチになっていたそうで、1862年10月、24歳の時には86センチと記録に残っています。

ディン・ヨン 中国人武刀家

中国人女性で中国刀を操る武闘家の役として出演しているのはオーストラリア女優のナターシャ・リュー・ボルデッツォです。

中国人の母親とイタリア人の父親を持つ彼女はオーストラリアで生まれ、女優でモデルとして活躍しています。

「グレイテスト・ショーマン」に出演する前に2000年に公開されたカンフー映画「グリーン・デスティニー」の続編でネットフリックスのオリジナル作品である「ソード・オブ・デスティニー」でスノーヴァース役で出演しています。

実際このとき、モデルとして主に活動しており、女優として演技には全く自信がなかったそうで、オーディションもモデルの所属事務所が熱心に勧めたので受けることになりましたし、オーディションに受かったのも中国系ハーフとしての容姿とネイティブに話せる英語、テコンドーで黒帯の腕前である武術スキルというコンビネーションが、役にはまっただけだと話しています。

「グレイテスト・ショーマン」ではThis is meで中国風の服装でパフォーマンスをしている人物が一人確認することができますので、おそらくこれが彼女だと思われますが、残念ながら顔のアップが映るシーンなどは確認できませんでした。

どうやらThis is meのMVでパフォーマンスされている中国風の服装を着た方は男性のようです。

ではナターシャの登場シーンは、と言いますと、P・Tがパフォーマーを集めるために面接をしていたシーンになります。

P・Tの質問に刀を鞘から抜いて剣を見せたアジア女性がいましたが、こちらが彼女になります。

リード卿 大男

大男として出演しているのはダニエル・エバリッジ。

テキサス州出身でブロードウェイなどの演劇中心で活動しており、賞も幾つかノミネートされ、そのうちオークランド大学が所有するメドウブルック劇場が開くメドウブルック音楽祭でのAndes賞を受賞しています。

コンスタンティン王子 入れ墨男

入れ墨男として出演しているのはシャノン・ホルツァフル。

オランダ生まれで4歳の時にオーストラリアに両親と移住し、6歳からプロのミュージカル俳優としてショービジネスに関わっています。

シャノンの名前を一躍有名にしたのは、あのマイケル・ジャクソンのツアー「This is it」のバックダンサーとして選考されたこと。

マイケル・ジャクソンの急死によりツアーはキャンセルされてしまいましたが、その後もダンサーとしてアメリカで活躍し、ホイットニー・ヒューストン、ブリットニー・スピアーズ、デルタ・グッドレムなどの有名ドコロのバックダンサーを務めたり、多くの歌手のミュージックビデオのダンサーや映画のダンスエキストラとして出演しています。

今回、ミュージカル映画ということでそのダンサーとしての能力を認められての出演となりました。




ヒョードル・Jeftichew ドッグ フェイス ボーイ

映画では多毛症と呼ばれる身体障害の結果、異様に体毛が多くなってしまい、「The Dog Boy」としてサーカスに参加することになりました。

実際にバーナム博物館に所属していたロシア人がモデルになっています。

演じているのはルシアノ・アクーニJr.。ニューヨーク、ブルックリン出身で友人と「ブルックリンビースト」というジムを経営している俳優、モデル、フリーランナーです。

アメリカ版筋肉番付の一つアメリカン ニンジャ ウォーリアーに出場したり、2015年に公開されたリーアム・ニーソン主演の映画「ラン・オールナイト」や2016年に公開された「ジェイソン・ボーン」にもスタントとして参加しています。

今回の映画出演ではその類まれなる身体能力を生かしてアクロバティックな動きを披露しています。

一方で実在したヒョードルは1868年、ロシアのセントペテルスブルグに生まれます。
父親も多毛症でフランスのサーカスに所属していました。

父親とともにヨーロッパツアーを行っていますが、それは父親の死直前まで続けられたそうです。

1884年、ヒョードルが16歳のときにバーナムとの契約書にサインをして参加しています。
この時バーナムは客受けがいいように作り話をでっち上げました。

それはロシアの猟師が彼ら親子を見つけ、ねぐらの洞窟まで追跡していって生け捕った、と言うものです。

しかも父親のエイドリアンは、獣そのもので教育することができなかったとし、ヒョードルも不機嫌になったり、怒りを発したときには、犬のように吠えたり、唸り声を上げたりするというものでした。

実際のショーの中で、ヒョードルはバーナムの作り話のように、犬の真似事をさせられたそうです。

しかし実際は非常に明晰な頭脳の持ち主でロシア語、ドイツ語、英語を話すことができ、アメリカだけではなく、ヨーロッパにも度々ツアーに出向いていました。

彼の死は1904年の36歳のとき、結核でギリシャで亡くなったそうです。

チャン&エン・ブンカー兄弟 シャム双生児

胴体が結合した結合双生児として演じたのはダニエル・ソンと日本人でアメリカを拠点に活動しているプロダンサー小森悠冊(ユウサク)です。

ダニエル・ソンに関してあまり情報が集まりませんでしたが、小森さんに関してはある程度調べることができました。

もともとアメリカで生まれ、東京、オランダで育つという幼少期を送ったそうです。
母親もダンサーでダンス教室を東京に持っていることもあり、その影響でダンスを始めたとか。

高校卒業後、アメリカのダンス学校に特待制度で入学。そこで若手精鋭グループ「AlilyⅡ」に半年で抜擢され、2年間世界ツアーを回ったそうです。

映画内では結合双生児ということで二人が方を組むようにして一緒に行動しています。
踊りも二人がくっついた状態を保たないといけないというハンディがあるため、小森さんのせっかくのポテンャルを生かしきれていないと感じました。

二人で宙返りをするシーンは映りますが、それ以外、他のダンサーがしているような目を引く踊りができないでいるのが残念です。

シャム双生児のチャン&エン・ブンカー兄弟は実在した人物ですが、バーナム博物館には関係ありませんでした。

胸の下から腹部の上にかけてでくっついており、一つの肝臓を二人で共有していましたが、それ以外は両人とも正常な体でした。

今のタイに生まれましたが、兄弟が18歳のとき、彼らを見たイギリス人によって見世物ツアーで世界中を回ることになります。
そしてそのイギリス人との契約が終わった後、兄弟は自分たちでビジネスを続けるのでした。

28歳の時にアメリカのノースカロライナ州を訪れて、そこが気に入り、110エーカー(0.45平方キロメートル、東京ドーム9.5個分)の土地を購入し、プランテーションを経営し始めて普通の暮らしを始めます。

やがて二人はそれぞれ結婚するのですが、チャンはアデレイデという女性と、そしてエンはその姉のサラが相手でした。

お互いに子宝に恵まれ合計21人が生まれましたが、しばらくして姉妹は一緒に住むことが嫌になり、別の家を持つことになります。
兄弟は3日おきに互いの妻の住む家に行き来するようになりました。

その後、南北戦争の影響で兄弟は財産の殆どを失うことになり、再度エンターテイメントビジネスに戻りますが、残念ながらこの時に成功することはありませんでした。

しかし財産を失っても、正直で誠実な兄弟という評判は変わることなく、周りの住民から尊敬を受け続けたそうです。

59歳になるとチャンの健康が弱っていきます。またお酒もたくさん飲むようになったこともその原因の一つでした。

そんなチャンに対してエンは変わることなく健康のままだったそうで、チャンからの影響も受けませんでした。

1874年1月17日にチャンは気管支炎を悪化させて死亡します。就寝中の出来事で、エンは目覚めてそのことに気がつき、悲しみの中で自分も死ぬんだと覚悟したそうです。

医者が呼ばれて体を切り離す緊急手術を試みようとしましたが、とき既に遅く、チャンの死後3時間でエンも亡くなってしまいました。

二人は62歳で亡くなりましたが、これは結合双生児ではかなりの長寿の記録になります。

ちなみに今の医学であれば、兄弟を容易に分離することができるそうです。

フランク・レンティーニ 3本足男

3本足男のフランク・レンティーニを演じるのはイタリア生まれのダンサーでコリオグラファー、ジョナサン・リデイブ。

4歳の時からショービジネスに携わり、5歳の時にボールルームダンスとスイングダンスをはじめました。

10歳から3年連続、ヨーロッパ スイングダンス選手権で優勝しています。

現在ではタップ、バレー、ジャズ、ヒップホップ、コンテンポラリーダンスまで活動を広げ、ダンスの他にアクロバティックなトリックやスタントもこなします。

ダンサーとしてジェニファー・ロペスやクリスティーナ・アンギュレラ、セリーナ・ゴメス、ケティー・ペリーニッキー・ミナージュ、リッキー・マーティン、ピンク、ジャスティン・ビーバー、エマ・ストーンなどのステージで踊っています。

一方でジョナサンが演じたフランク・レンティーニですが、彼もジョナサンと同じイタリア人でした。

3本の足があったのですが、これは未発達の結合双生児の下半身がくっついた状態になったためでしたが、3本とも動かすことができたそうです。

1881年に生まれていますが、8歳の時に家族全員でアメリカに移り、「グレイト・レンティーニ」としてサーカスでパフォーマンスをし始め、リングリング・ブラザーズ・サーカスに参加します。

彼の出し物は3本の足でサッカーボールを蹴るというもので、彼のステージネームは3本足のフットボールプレイヤーと呼ばれました。

サーカスで40年以上、活動し、同僚から「キング」と呼ばれるほど尊敬を受けていたそうです。

後に30歳になったときアメリカの市民権を得ており、その後、3歳年下の女性と結婚。
4人の子供に恵まれました。

亡くなったのは1966年で85歳でした。

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