カナダ在住20年の筆者が見た映画の感想とふと思った疑問についてを勝手気ままに書いていくブログです。

映画ワンスアポンアタイムインハリウッドのネタバレと感想!楽しむために必要な予備知識は?

 
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映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を視聴してきました!

レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演、クエンティン・タランティーノ監督作品と言うことでかなり期待して見に行ったのですが、映画の予備知識として「映画ドットコム」で書かれてている程度のことと「チャールズ・マンソン・ファミリー事件」が絡んでいることくらいしか知らずに行ったせいもあり、存分に楽しむことが出来たか、というと疑問が残りました。

映画を見終わった後に、ストーリーの背景などを調べれば調べるほど、興味深い話であることがわかったので、予備知識として1969年前後のアメリカの社会状況などを知っておいたほうがいいように感じました。







予告動画はこちら

簡単なあらすじとキャストの紹介

クエンティン・タランティーノの9作目となる長編監督作。

レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットという2大スターを初共演させ、落ち目の俳優とそのスタントマンの2人の友情と絆を軸に、1969年ハリウッド黄金時代の光と闇を描いた。

テレビ俳優として人気のピークを過ぎ、映画スターへの転身を目指すリック・ダルトンと、リックを支える付き人でスタントマンのクリス・ブース。
目まぐるしく変化するエンタテインメント業界で生き抜くことに神経をすり減らすリックと、対照的にいつも自分らしさを失わないクリフだったが、2人は固い友情で結ばれていた。

そんなある日、リックの暮らす家の隣に、時代の寵児ロマン・ポランスキー監督と、その妻で新進女優のシャロン・テートが引っ越してくる。
今まさに光り輝いているポランスキー夫妻を目の当たりにしたリックは、自分も俳優として再び輝くため、イタリアでマカロニ・ウエスタン映画に出演することを決意する。

やがて1969年8月9日、彼らの人生を巻き込み映画史を塗り替える事件が発生する。

リック・ダルトン: レオナルド・ディカプリオ

クリフ・ブース: ブラッド・ピット

シャロン・テート: マーゴット・ロビー

マーヴィン・シュワルツ: アル・パチーノ

ブルース・リー: マイク・モー

引用「映画ドットコム:eiga.com/movie/89421/」




1969年のテレビ事情に関する予備知識

この映画を楽しむためには1969年のテレビ事情を知っていないと厳しいと思います。

その中でも「映画」事情に関する予備知識と「俳優とスタントマンの関係」に関する予備知識です。

「映画」事情に関する予備知識

映画の舞台となる1969年頃にはアメリカの映画事情がそれまでに比べて大きく変化してしまっていました。

1945年に第二次大戦が終わり、1950年に入るとマイホーム、自家用車、テレビ、冷蔵庫といった生活が標準化し始めます。

中でもテレビの普及は映画にとって大きな影響があり、自宅でテレビを見ることに人気が出るに従って、反比例するように映画館へ行く観客が少なくなって行くのでした。

映画館が以前ほどの人気がないということは映画を作るハリウッドにもダメージを与えることになります。

また、観客の好みも変化していきました。

それまでは、映画の主役といえば、男らしいを通り越して男臭いくらいのハンサムな俳優が選ばれて、人気を得ていました。

が、1960年代に入ると男らしい俳優よりもどちらかといえば中性的な魅力を持つ俳優に人気が出始めます。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の中でも、その時代の移り変わりを表現するため、かつてはテレビドラマで主役を演じていたリックが、悪役として映画に出演することになったエピソードが描かれていましたよね。

リックが年をとったということもあるでしょうが、男臭いキャラは主役ではなく、悪役として主役の引き立て役として使われるようになってしまったという、リックにとっては悲しい時代の流れを感じずにいられません。

そしてイタリアでの西部劇映画制作でリックを主役にと、話が出てくるのですが、実際にイタリアで作られた映画史に残る西部劇映画、

荒野の用心棒
夕陽のガンマン
続・夕陽のガンマン
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト

などがあり、そこで主演を努めてスターになっていったのがクリント・イーストウッドですので、リックのイタリアでの成功の話はクリント・イーストウッドのサクセス・ストーリーがベースになっているのではないかと思ってしまいました。

が、クエンティン・タランティーノ監督へのインタビューではタイ・ハーディンという俳優をモデルにした、と語っています。

1950年代から1963年までワーナー・ブラザーズと契約してテレビ俳優として人気を博していたものの、ワーナー・ブラザーズとの契約が切れた後、ヨーロッパへ渡って数々の西部劇シリーズの主演を演じました。

ちなみにタイ・ハーディンは1960年代に放映された実写版バットマンの主演として何度も出演を請われていたそうです。

が、残念ながら、ヨーロッパでの撮影スケジュールを優先させなくてはいけなかったため、バットマンへの出演は断らざるを得ませんでした。

代役はアダム・ウエストという俳優が務めましたが、エンドロールでバットマンのテーマが流れたのには、このようなつながりがあったからもしれませんね。

最後に簡単にまとめますと、それまでスターだった俳優が、時代の変化によって、自分がもうスターではなくなったことを、無理やり気付かされ、それに戸惑いながらもなんとか状況を打破しようともがき、あるチャンスに賭けることができる機会を得、成功を見事に掴み取った、という話になる、と言えるのではないでしょうか。

俳優とスタントマンの関係に関する予備知識

リックのスタントマンとして映画に出演していたクリフですが、ただのスタントマンではなく、リックの身の回りの世話を色々と見ています。

特に車の運転手として、朝から晩までリックと一緒に行動をしており、強い絆で結ばれているようです。

とはいえ、映画の初めの方は、どちらかといえば、落ち目になってきたことを何かと切実に感じることが多くなり、悲観的になるリックをなんとか励まそうとするという役回りのクリフ。

ハリウッドにプール付きの豪邸を構え、一人で悠々自適に暮らすリックに比べ、キャンピングカーで生活しているクリフとの格差はとんでもないくらいであるに、クリフは別段これといって不平不満を持っているようではありません。

それが仕事だから、と言ってしまえばそれまでですが、なかなかどうして映画前半に見せられるリックの便りなさを目の当たりにすると、よく文句も言わずに我慢しているな、と思ってしまいました。

しかしこの当時のハリウッドのスター俳優と専属のスタントマンとの間には、ビジネス以上の強い絆が結ばれていたそうです。

この二人のモデルとなった人物の一人として、本作に出演予定だった故バート・レイノルズと元スタントマンの映画監督ハル・ニーダムがいることを、クエンティン・タランティーノ監督はあかしていますが、実際にバート・レイノルズとハル・ニーダムは俳優とスタントマンという関係からはじまり、やがてハル・ニーダムが映画「キャノン・ボール」を制作するときにも、バート・レイノルズが出演している、という間柄にまでなっています。

クリフの役回りはリックの「内助の功」といったところで、リックが成功してくれないことにはクリフも仕事にありつけない、という関係です。

クリフにとって自分が仕事で活躍したとしても、リックの株しか上がらないとこもわかっているのでしょう。

設定ではクリフは第二次大戦を経験したグリーンベレー所属の退役軍人という事になっており、だからこそあれほど映画の中で無双の強さを誇っていたのでしょうが、さらには仲間を助けるということをとても重要視していることも理解できる気がします。

ただし、この背景を知らないと、なぜそこまでクリフがリックの世話を焼くのか、その回答が見えてこず、変に気になってストーリーに入り込めない、と感じましたので、この点も予備知識として知っておいたほうがいいと思います。




ヒッピーやアメリカの社会状況の予備知識

映画の中で大きな役割を占めるマンソン・ファミリーのヒッピー達。

ヒッピーという文化を体験していない日本人には、マンソン・ファミリーの凶悪事件のほうが知名度が高いというか、「ヒッピーというとマンソン・ファミリー事件」という具合にセットとなって考えられてしまうことのほうが多いのではないかと、と思います。

ヒッピーとは、を語るには1960年代のアメリカを語らないといけません。

第二次大戦に勝ち、ベイビーブーマーによる人口の急増によって好景気に沸いていたアメリカ。

1950年代には人工のほとんどのが中流階級になり、発展した経済の恩恵を受けてマイホーム、自家用車、テレビ、と消費財を増やしていきます。

が、それが普及してしまうと、今度はそういった物を持っていないと下流階級、という恐怖観念のほうが強くなり、普通の生活を手に入れれば成功者、というプレッシャーになりつつあるのが1960年代でした。

またベトナム戦争に参戦するのも1960年代でしたし、この頃のアメリカは徴兵制であったがため、若者は必ずベトナムへ兵士として送られる運命にありました。

そういった圧に嫌気を持った人たちが、自然に、怠惰に、平和に、暮らそうとしたのがヒッピーの始まりです。

西洋の考えではなく、インドやヨガといった思想に憧れ、薬物に手を出して怠惰に生活し、性的な事も含めて全てにおいて自由に生きる、といった考え方を持った若者が中心をになていました。

一方で、黒人の差別に対する運動、女性に対する参政権の問題など、いくつもの社会問題も表面化してきたのが1960年代でもあります。

そんな混沌とした時代であった1960年代の最後の年に、映画の最後に起こったマンソン・ファミリーの襲撃事件が起こります。

実際には妊娠していたシャロン・テートとあの夜に一緒にいた他の3人が全員殺され、その後、マンソン・ファミリーは別の殺人事件も犯しているのですが、映画では間違えてリックの家に襲撃をし、クリフによって返り討ちにあった、というストーリーに変更されています。

実際のアメリカでは、マンソン・ファミリーに事件の後、ヒッピー全員がマンソン・ファミリーのようなカルトの狂信者で浅はかな理由で殺人すらも簡単に犯してしまう人たちなのだ、というイメージが付いてしまったため、程なくしてヒッピー文化自体が消滅してしまうのでした。

つまり、1969年という年は、アメリカにとってそれまで享受してきた豊かな時代が終わりにむかっていたことが、いびつなものがどんどんと大きくなって表面化した結果、多くの人々がしっかりと認識した年であったのでした。

まとめ

以上の予備知識がないまま、映画を見ると2時間40分もの間、画面の中で繰り広げられるそれぞれのストーリーがなかなか噛み合わなかったと感じました。

どうしてこのシーンが必要なのか、他のシーンとどう関係してくるのか、などなど、映画を見ながら、頭の中にはてなマークをいっぱい溜め込んで見ていた、というのが正直な感想です。

残り30分、マンソン・ファミリーがロマン・ポランスキーとシャロン・テートを襲いに来たくらいから手に汗握る展開になったと感じましたが、それまではリックとクリフの友情も今ひとつ自分にはピンと来ませんでした。

が、それらはその時代背景を理解するとたちどころに氷解しました。

だからこそ、リックはあれほど苦悩していたのだし、クリフもリックをなんだかんだでサポートしてきたことが理解できたのです。

1969年のアメリカの事情がわからないと楽しみが半減する映画であったと思いました。











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