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実写版映画アラジンとオリジナルアニメ版との違い12選!変更点のまとめ!

2019/06/05
 
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実写版映画アラジンが公開されましたが、期待通りのできだったのではないでしょうか。

個人的な感想を言えば、ボクはとても楽しめました!

アニメをライブアクションで撮影し直した意味が十分にあったと思います。

ところで、ストーリーはと言うと、ほとんどオリジナルを世襲しています。
が、実際には多少の違いというか、現代風に修正されているところも見られました。

主にその違いは、オリジナルアニメで指摘されている矛盾を修正したものでもありますが。

今回はオリジナルアニメとの違いに焦点を当ててみたいと思います。







2つ目の願いについて

オリジナルアニメでも大きな議論を呼んだ、有名な「2つ目の願い」

ジャファーによってアラジンが拘束されたまま海(?)に放り込まれたシーンです。

オリジナルアニメでは意識を失ったアラジンの手がランプに触っており、その反動でジーニーが現れます。

が、意識を失ったアラジンは願い事を発言できず、ジーニーが抱き起こしたことで頭が上下に動いただけ。

その動きを利用してジーニーは忖度でアラジンを助けます。

この場合、アラジンは明確に願を発していないため、2つ目の願いとしてカウントされないのでは、というのが、議論の焦点でした。

関連記事: 映画アラジンでジーニーがアラジンの願いを叶えたのは一つだけ!?

実写版ではこの問題の部分をこの様に変更していました。

アラジンが拘束されたまま水の中に投げ入れられ、意識を失うところまでは一緒です。

ランプからジーニーが現れ、ジーニー自身が「グレーゾーン」と表現していますが、前日の日付になっている契約書にアラジンの手を動かして、サインさせていました。

その契約書には、

2つ目の願いとして、命の危険があった際に、その状況から助かることを願う

と書かれており、日付は前日のものになっています。

魔法のじゅうたんでのデート

オリジナルアニメではアラジンはジャスミンを魔法のじゅうたんでデートに連れ出し、エジプト、ギリシャを経て最終的に中国までやってきます。

とても神秘的な深夜の秘密のデートですが、よくよく考えるととんでもない距離をほんの僅かな時間で移動していますよね。

しかも時差のことも考えると、ほぼ瞬間移動したことになります。

アグラバー王国が例えばイラクのバグダッドにあったとして、中国の北京都の時差は5時間。

つまりバグダッドが5時だった場合、北京は10時ということになります。

すでに暗くなって明かりを灯す時刻のバグダッドを出発し、まだ人々が起きて花火を楽しんでいる時刻の中国に到着しなくてはいけないことになります。

もう少し近くのアフガニスタン、カブールだとしても3時間半の時差。

ここにそれぞれの都市の距離や夏時間採用かどうかの条件を加えると、とんでもないスピードで移動しないと不可能ということがわかると思います。

実写版では移動距離を縮め、アグラバー王国近隣だけを回り、最終的にアグラバーの街の人々の生活をみながら話し込んでいました。

これであれば、魔法のじゅうたんが超音速旅客機も真っ青のスピードで飛ぶ必要はありません。

さらにジャスミンが自国の国民をとても愛していて、彼らのためにサルタンになりたいという思いを、視聴者に納得しやすくする伏線にも使うことになるのでした。

ジャスミンとジャファーの年の差問題

オリジナルアニメではジャファーはサルタンになることもそうですが、それよりもジャスミンと結婚したいという願望が強かったように描写されていたように思います。

古いおとぎ話によくありがちな、きれいなお姫様がヒーロー的行動の報酬として扱われている典型のような設定です。

しかし、よく考えるとジャスミンは15歳から16歳になるという年齢。

一方でジャファーはその年齢は明かされていませんが、どう見てもジャスミンの年齢に近い男性であるとは思えません。

日本でも法律的には16歳からしか結婚できませんし、北米では18歳以下の若者に対して性的関心を持っての接触は重犯罪に該当します。

そんな年齢の少女が、オリジナルアニメでは胸だけ覆い隠す上半身の服装で、鎖に繋がれ、更には色仕掛けでジャファーの気をアラジンから遠ざけ、最後には魔法の大きな砂時計の中に閉じ込められて、命の危険にさらされるのです。

2019年という時代にディズニーという子供をターゲットにしたエンターテインメント会社が、同じような状況を実写版として大スクリーンに映し出すということはできなかったのはよく理解できます。

実写版ではジャスミンの外見もそうですが、キャラクターとしての人物像も、自分の意志で結婚したいと思う男性と結婚したいというだけの願いを持つだけの娘から、サルタンの娘として、アグラバーという国とそこに住む国民のことを心から思う女性に変貌させていました。





それほど間抜けではないジャファー

オリジナルアニメではジャファーは、アラジンの口車に乗って最終的にジーニーとなり、魔法のランプの中に閉じ込められることになります。

アラジンが機転を利かせて、大逆転をおさめる最高の見せ場ですが、ともするとジャファーが勝利を過信しすぎて、墓穴にハマってしまう、とんでもない間抜けなキャラクターとして描かれていることも無視できません。

実写版ではこの部分を2つのステップを使って変更していることに、お気づきでしょうか?

まず、ジャファーの最後の願いは、

世界で最も力を持つ存在になる

と、はっきりと発言しています。オリジナルアニメのようにジーニーになりたい、とは発言していません。

原文では「Most powerful BEING in the universe, more powerfule Genie himself.」と発言しています。

つまり、実写版のジャファーは「ジーニーになりたい」とは願っていないのです。

2つめのステップはジーニーのいう「グレーゾーン」の悪用。

つまりジャファーをジーニーのして魔法のランプの中に閉じ込められる結果にしたのは、ジーニーが彼の意思で行ったということです。

この「グレーゾーン」を使うことで、実写版のジーニーは、かなりの裁量を持ってご主人様の願いを叶える存在になっています。

ジーニーはアラジンにも、詳細まで詰めた願いをするように、とアドバイスしていますし、物事を決める際にはすごく細かいところまではっきりさせる契約社会の北米の考え方を反映させているように感じましたね。

行商人の正体

オリジナルアニメのオープニングは行商人が語るもの語たりとしてアラジンのお話が始まるような、演出になっています。

長い間ファンの間で、この行商人は誰なのかが議論の的となっていました。

ブルーレイバージョンの「アラジン」では、制作スタッフが、この行商人とジーニーとの間に何かしら関係があるようにしたいと常々考えていたことを明かしています。

オリジナルアニメのエンディングでは、この行商人のセリフで幕を閉じますし、絵コンテの段階では、魔法のじゅうたんに乗ったアラジンとジャスミンがキスをした後、去っていったあと、行商人が画面に映し出される形で「終わり」のクレジットが映し出されるようになっていました。

さらに、ジーニーも行商人も声を担当したのはロビン・ウィリアムスです。

これでジーニーと行商人の間に何の関係もないと考えるほうが、おかしいくらいです。

実写版では、行商人は登場しませんが、よりはっきりと、物語を語り始める人物とジーニーとの間に大きな関係があるように、描かれており、オリジナルアニメからの議論の論争に終止符を打っています。

アリ王子を知っていた?

アラジンがジーニーの力でアリ・アバブワ王子となってアグラバー王国にやってきます。

その「アリ王子のお通り」は作品の中でも、有名なシーンでしょう。

とはいえ、サルタンを含めたアグラバー王国の人々がアリ王子やアバブワ王国の存在に対してなんの疑問を抱かないのは、不自然ではないでしょうか?

特にジャファーだけはその存在を疑っているのですから。

しかもジーニーが作り出した架空の王国の架空の王子というのが真相です。

アバブワ王国から来た、と言われて不思議に思わないほうが不思議ではないでしょうか。

実写版では、この問題についてアラジンが不安を感じていましたし、ジーニーがはっきりと答えていました。

ジーニーの魔法の力で、人々がアバブワ王国の存在を信じるようになっていたのです。

つまりジーニーの魔法はアラジンだけでなく、他の人々にも影響を与えていたことになるのでした。

とはいえ、ジャスミンとジャファーはその魔法にかかることなく、アバブワ王国の存在を疑問視していましたので、ジーニーの魔法も完全というわけでは内容です。





魔法の洞窟の掟

「アラジン」の中での有名な矛盾の一つとして、魔法の洞窟があります。

ランプ以外触ってはいけないはずの洞窟内で、アラジンが魔法のじゅうたんを触ったり、金貨や宝石を踏んづけたりしてもOKなのか、というのが、それです。

実写版ではこの矛盾を生じさせないように掟を変更しました。

「触ってはいけない」ではなく「持ち去ってはいけない」としたのです。

そのため、持ち去ろうという意志がない限り、ただ触ったり触れたりすることは問題なくなりました。

関連記事: ディズニーアニメアラジンの矛盾点まとめ!実写版ではどこまで改善される?

オープニング曲「アラビアン・ナイト」英語バージョン

オープニング曲である「アラビアン・ナイト」も「アラジン」を語る上で有名な曲の一つとなっています。

が、その英語の歌詞を見てみると、かなりステレオタイプ的なアラビアの世界を意識したものになっており、ある意味差別的な表現になっているのです。

いちばん有名な歌詞は、

「Where they cut off your ear if they don’t like your face.」
(顔が気に入らないと耳をそがれる場所)

の部分で、これは映画公開後に発売されたVHSバージョンで、

「Where it’s flat and immense and the heat is intense.」
(平坦で広大で暑さがひどい))

と変更されました。

しかしVHSバージョンでも続く一文、

「It’s barbaric, but hey, it’s home.」
(野蛮な場所、でもそれが故郷)

は変更されていません。

2019年という時代に合わせて、野蛮という意味の「barbaric」もふさわしくないということで、ウィル・スミスが歌う実写版の「アラビアン・ナイト」では、これらの部分の歌詞を、

「Where you wander among every culture and tongue」
(多くの文化や言語に出会える場所)

「it’s chaotic, but hey, it’s home」
(騒然としているが、それが故郷)

と変更されました。

これは日本語の歌詞で言うところの、

「見渡す限り砂丘が続く それがおいらの故郷」

に当たる部分です。

りんごを盗んだジャスミンへの罰

オリジナルアニメでは、お腹をすかした子どもたちのためにりんごを盗んだことになってしまったジャスミンに対し、店の主が

「盗みの罪は腕の切断だ」

と、刀を振り上げるシーンがあります。

やはりこの描写も2019年にはふさわしくなく、実写版では完全にカットしています。

とはいえ、ジャスミンは店の主に、盗人として荒々しく手を掴まれてはいますが。

ただし、その後のセリフは急いで間に割って入ったアラジンの出現で、口に出されることも刀を抜くなどの行動に移されることもありませんでした。

アリ王子のお通りの変更 英語バージョン

「アリ王子のお通り」の英語の歌詞も、正しいものにと変更されていました。

英語の歌詞ではオリジナルアニメでは「Sunday Salaam」としていたところを、イスラム文化の金曜が祝日ということを反映して「Friday Salaam」に変更されています。

ちなみにSalaamとは「額手の礼」と訳され、「敬意を込めた挨拶」のことを意味します。

また、「アリ王子のお通り」では、

「He’s got slaves, he’s got servants and flunkies.」
(奴隷、召使い、人足がかれに仕える)

という歌詞が後半に出てきますが、「奴隷」という言葉が適切ではないということで、

「He’s got thousand servants and flunkies.」
(何千もの召使や人足が彼に仕える)

に変更されました。

日本語の歌詞では、

「Sunday Salaam」の部分は、

「品よく構えて」
と訳されており、

また「He’s got thousand servants and flunkies」の部分は、

「三国一の金持ち」

と訳されていますので、歌詞に変更の必要はなかったのでしょう。

アラジンとジャスミンの衣装

ジャスミンについてはすでに触れていますが、アラジンもオリジナルアニメと実写版とでは上半身の衣装が変更されています。

オリジナルアニメでは、アラジンは裸の上半身にベストを身に着けているだけですが、砂漠のアグラバーでは、おそらく夜間に低体温症になってしまう恐れがあるでしょう。

日中も照りつける太陽に、重度の日焼けをしてしまう恐れがあります。

ジャスミンの衣装は、オリジナルアニメでは、ウエスト部分を丸出しの、装飾品のない極めてシンプルなものとして絵がかれていましたが、実写版では完全にウエスト部分も覆う服装に変更されています。

また、多くの装飾品で飾られており、インタビューではデザイナーは中東だけでなく、南部インドの服装文化も意識をしてデザインをした、と答えていました。

というのも、設定ではなくなったジャスミンの母親の出身が、インドに近い地域であったということなっているからだそうです。

アラジンが出会った女性たち

映画の初めに披露されるアラジンの逃走劇「一足お先に」

そこの中でアラジンは若い女性3人がいる部屋の中に迷い込んでしまいます。

作品中ではその女性たちがどのような職業なのか、はっきりと名言はされませんでしたが、その服装や、アラジンの表情から夜のエンターテイナーではないか、という意見が大半を占めているのが現状です。

事実歴史的に、そういった女性がいたという記録は残っていますし。

とはいえ、ディズニー作品では、そのような女性ではないか、と想像されることだけでも避けなければならないですので、実写版ではその一室は学校、そこにいる少女たちは学生、という描写に変更されています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

アニメから実写への変更ということでのキャラクターの性格の修正、動物たちの描写のされ方などが、大きく変わりましたが、その他にも多くの変更がなされています。

一番気を使ったと思われるのが、近年大きく注目されてきている「ポリティカル・コレクトネス」

特に世界規模の視聴者を相手にしないといけないディズニーは、どんな文化に対しても差別的、軽蔑的な描写をすることはご法度ですので、かなり神経を使ったのではないかと思われます。

また、厳しいマニアの目による矛盾点の指摘もできるだけ、少なくなるようにしなりをのつじつま合わせをしないといけません。

その問題の対処も、上手くできた様に感じました。

もし、ここで紹介した以外の矛盾点や変更点を見つけましたら、教えてくださいね。

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