映画否定と肯定のネタバレ感想とあらすじ!どういう根拠でホロコーストを否定できるの?

ドラマ

映画「否定と肯定」は1990年代後半にイギリスの裁判所で争われた名誉毀損訴訟について描いた作品ですが、その実は単純な名誉毀損訴訟ではなく、ナチス・ドイツが犯したユダヤ人虐殺のホロコーストが実際に行われたのかどうかを裁判で争ったのでした。

この映画を見てホロコーストが実際には行われていない、という説があったことに驚いてしまいましたが、この「あった」、「なかった」という主張は、そんなに単純なものではなくて、いろいろな条件が付随していることも、この映画で知ることができました。




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キャストの紹介

デボラ・リップシュタット: レイチェル・ワイズ
ホロコースト研究家。著書でデイヴィッドを名指しで批判する。
デイヴィッド・アーヴィング: ティモシー・スポール
歴史学者でホロコースト否定論者。デボラを名誉毀損で訴える。
アンソニー・ジュリウス: アンドリュー・スコット
デボラを弁護するチームのリーダー。事務弁護士。
リチャード・ランプトン: トム・ウィルキンソン
デボラの弁護チームの一員で、法廷においてデイヴィッドと尋問を戦わせる法廷弁護士。

ネタバレあらすじ

アメリカのホロコースト研究家のデボラ・リップシュタット教授は、自身の著書の中でホロコースト否定論者を非難し、その代表者としてナチス・ドイツ学者でホロコースト否定論者であるデイヴィッド・アーヴィングの実名を上げて彼を攻撃しました。

その仕返しにデイヴィッドはデボラが講義している大学に出向いてきました。
生徒の前で講義をしているにも関わらず、討論を挑んできたのです。

デボラが相手にしないでいると、ポケットより束になった紙幣を取り出して「ヒトラーが署名したホロコーストの命令書を発見したら1000ドル進呈しよう。」と騒ぎます。

無視し続けたデボラでしたが、そんな彼女の態度に、討論を拒否しヒトラーのホロコースト命令書を提示できなかったことは、デボラがデイヴィッドを批判していることが不当であることの証明だ、と声高に主張するのでした。

その後、デイヴィッドはデボラに対し、著書の中で彼の名誉を毀損しているとして訴訟をイギリス裁判所に起こします。

デボラはアメリカ人でしたが、デイヴィッドを攻撃した彼女の本をイギリスで出版したため、イギリスで訴訟をおこすことができたのですが、さらにイギリスでは名誉毀損の立証責任は被告側にあることを利用するのが真の目的でした。
この場合、デボラが自身の主張がデイヴィッドの名誉を毀損していないこと立証しなくてはなりません。

デボラは事務弁護士のアンソニー・ジュリウス、そして法廷弁護士のリチャード・ランプトンが率いるチームを組織し、アーヴィングがホロコーストに関して嘘をついていると立証するための戦略を考え出します。

まず第一歩として、デイヴィッドの個人的な日記の提出を要請します。
デイヴィッドは20年以上のわたる年月の間、膨大な量の日記を付け続けていたのでした。

またデボラとリチャードは、ポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所跡に訪れるのでした。地元の学者ロベルト・ヤン・ファン・ペルトと共に、強制収容所跡地内を見て回ります。

ユダヤ系であるデボラにとって、アウシュヴィッツは特別な場所でありました。
過去の大戦中にこの地に無理矢理連れてこられ、無残に殺されていった人々のことを思うと感情的にならざるを得ません。

しかしリチャードは弁護士というプロとして、全く違った反応をみせます。
ファン・ペルト博士が収容所の説明をしようとすると、この場所がどういう所であるかには興味がなく、どういうところであるか立証することができる証拠だけに興味があると言い放ちます。

さらに多くのユダヤ人を虐殺したガス室跡地を視察した後、「ロイヒター・レポート」の問題についてリチャードはファン・ペルト博士に質問を続けます。

収容所内で流行するチフスは大きな問題になっており、そのチフスを流行らせる原因のシラミを駆除するため、殺虫目的のガス室でサイクロンBと呼ばれる青酸化合物を大量に使用していました。

このサイクロンBという毒物はガス室でユダヤ人を虐殺したとされる毒ガスと同じものです。

1988年にカナダで起こったホロコースト否定論に関する裁判において、本当にアウシュヴィッツで人間を殺害させるためにガス室があったのかを調査するためにフレッド・ロイヒターが送られました。

彼は収容所内からガス室だと言われていた幾つもの部屋の壁を削り取って持ち帰り、青酸化合物が検出されるかどうか、調べたのです。

その結果、青酸化合物が検出されたのはシラミ駆除用に使用された部屋の物だけで、それ以外からはゼロもしくは全くの微量の青酸化合物鹿検出されなかったという結果が出たのでした。

そのことから、ロイヒターがまとめた報告書では、アウシュヴィッツに処刑用のガス室が存在していた事実はない、としていたのです。

ホロコースト否定論者であるデイヴィッドの嘘を立証するためには、このロイヒター・レポートの問題を避けて通ることはできません。

デボラはシラミを毒ガスで死滅させるためには人間の致死量の20倍の毒ガスを使用せねばならず、そのこと一つとっても、殺虫目的のガス室で高濃度のガスを使用し、その結果、壁の表面に40年経ったあとでも高濃度の青酸化合物が付着していたのであって、それよりも濃度の低いガスで用を足す処刑用のガス室で40年後に検出されなかったとしても不思議ではないはずだ、と声を荒げます。

この地で無残に殺されていったユダヤ人達に対して一辺も敬う様子を見せないリチャードに明らかに腹を立てていたのでした。

その夜、ホテルのバーでデボラはリチャードから、裁判においての戦略に関して驚くべき事実を聞かされます。

裁判を有利にすすめるため、陪審員制度ではなく、裁判官制度で争うというものと、争点をデイヴィッド個人に絞って、デボラが著書の中で指摘しているとおり、彼が嘘をついている事実を立証することだけにし、ホロコーストが本当に起こったのかどうか、という争点にはさせない、というものでした。

そのため、デボラに証言台に立つ機会を与えず、ホロコースト経験者にも証人として裁判に呼ぶこともない、というのです。

裁判が始まる前に、裁判制度について合意するためのミーティングが持たれます。
アンソニーは裁判制度は裁判官での審議を提案します。その理由として、デイヴィッドが人生を捧げて探求してきた歴史について、数日間の予習と裁判中の原告と被告のやり取りだけを聞いた、何の特別な知識もない、ランダムに選ばれた陪審員が判断するのは、公平ではない、と述べるのでした。

デイヴィッドは自身の自尊心をくすぐられたことに気づいていたのか、はたまた気付くことはなかったのかは、わかりませんが、裁判官による裁判制度に賛成します。

裁判が始まり、双方の主張が正式に述べられます。
そんな中、デボラにホロコースト生存者から、なぜ裁判で証言をするように求められないのか、と証言の機会を与えてもらえるよう、強い要望が届くのでした。

自身も証言台に立ちたいのを我慢しているデボラは、ホロコースト生存者からの要望に耐えられず、アンソニーに再考を要求します。

しかしアンソニーは、裁判は彼ら自身が満足するためのセラピーではない、頑として受け付けず、デボラは大いに失望するのでした。

デイヴィッドはフォン・ペルト博士を証人をして質問をします。

博士の説明では、アウシュヴィッツのガス室にあったとされる4つの噴射口は中が空洞の柱でもあり、その柱は屋根を突き破って煙突のように屋根の上に出ていたとされていました。

ガスを室内に送り込むにはその屋根から突き出た部分からガスを送り込む、というのですがデイヴィッドは終戦前に破壊されたガス室を含む建物の屋根には博士の言うような煙突状の出っ張りはなく、噴射口とされる穴も空いていなかったと主張します。

そして裁判が終了する4時になったため、その日の審議はそこで終わり、デイヴィッドの主張する「ノー ホール、ノーホロコースト(穴が無ければ、ホロコーストも無い)」というキャッチコピー的な主張だけが目を引くような形になってしまいます。

格好のキャッチコピーにマスコミは飛びつき、その日の夜のニュースから翌朝の朝刊1面まで「ノー ホール、ノーホロコースト(穴が無ければ、ホロコーストも無い)」が踊るのでした。

デイヴィッドのイメージ作戦にまんまとしてやられたデボラは、怒り心頭となり、ホロコースト生存者や彼女自身が証言台に立つべきだ、と要求します。

リチャードは、そんなデボラに何も言わず、帰宅します。アンソニーはデボラの要求に、それが実現したら何が裁判所内で起こるかを、言って聞かせるのでした。

デイヴィッドが生存者に尊厳を持って質問するはずがなく、アウシュヴィッツ収容者に入れらた腕の入れ墨すら、本当にアウシュヴィッツで入れられたものかどうか疑い、戦後その入れ墨でいくらカネを稼いだのか、と嘲笑を持って質問されたとしても、それに答えなくてはならないのが、裁判で証言する、ということなのです。

翌日、リチャードがデイヴィッドに質問します。
アウシュヴィッツにガス室が存在したことは紛れもない事実でした。そしてそのガス室で青酸化合物を使用していたことも、デイヴィッドは認めます。

デイヴィッドはそのガス室で死体を、死体についたチフスの原因となるシラミを駆除するために青酸化合物でいぶしたのだと、答えるのでした。

その答えに対し、リチャードは死体用のガス室であるのに、その扉に覗き窓がついており、しかも内側には防護用の金具まで取り付けられているのはなぜか?と質問します。

確かに死体しか内部にないのであれば、防護用の金具が付けられるのは、説明がつきません。

デイヴィッドは防空壕としても利用していたからだ、と答えますが、アウシュヴィッツが作られたのは1943年で、アウシュヴィッツのあたりが空爆の対象地になっていったのは1944年後半になってからと、時間があいません。

しかも防空壕として使用していたとした場合、収容所で親衛隊が使用していた居住区から2.5マイル、約4キロも離れた場所にあるため、とても実用的ではないとリチャードは指摘します。

最後に焼却処分をする死体をわざわざ毒ガスで処理する必要性について、納得の行く説明を聞きたい、とリチャードは畳み掛けます。

答えに窮したデイヴィッドは自分はヒトラーについての歴史研究家であって、ホロコーストの歴史研究家ではない、と口を滑らせてしまいます。

その発言を見逃さず、リチャードは今後、ホロコーストについて発言を慎むべきではないか、と追い打ちをかけるのでした。

その後もアンソンー率いるデボラの弁護士チームが攻撃の手を緩めません。
他の矛盾点の他、過去の日記から差別主義者と取られてもおかしくない記述を見つけ出し、デイヴィッドは押されまくっていました。

が、判決の前、裁判官であるグレイ判事によって、デイヴィッドが純粋に次節を信じているのであれば、その自説が間違いであったとしても、嘘をついているということにはならないのではないか、というコメントを裁判中にします。

勝訴を見込んでいたデボラはグレイ判事のこのコメントに、一抹の不安を抱かずには要られませんでした。

デボラにとって不公平だと感じられる点が、もう一点ありました。
原告被告の弁護士は判決発表の24時間前に事前に知らされるのです。しかし弁護士はその結果を依頼主を含めて誰にも話してはいけない決まりになっていました。

しかしデイヴィッドは自分自身で弁護をしていたため、弁護士として結果を知ることができるのです。

裁判の結果が言い渡される瞬間、デボラだけがその結果を知らずに、席についているという、なんとなくマヌケな構図の中、裁判官による判決が言い渡されます。

判決は被告の言い分の認め、デボラの勝利となるのでした。

デボラは勝訴の結果を受けて皆で喜んだ後、出版社が用意した記者会見場に向かいます。

記者からの質問が飛ぶ中、彼女は勝利を導いてくれた弁護士チームに心の底から感謝をのべ、デイヴィッドに対しては何もいうことはなく、ホロコーストの被害者に対して、いつまでも忘れられることなく、今後も語り継がれることになるだろうと、語りかけるのでした。

その夜、とあるテレビ番組にデイヴィッドが出演しており、判決の結果についてインタビューをうけていました。彼は自身の主張が勝利し、今後もホロコースト否定論者であることを辞めない、と話しています。

その番組を見ていたデボラは、同じく視聴していたアンソニーと電話で話しながら、デイヴィッドの人柄に呆れ返っていたのでした。




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